凪の海
手紙の文章は、借り物もなく欺瞞もなく、正真正銘の青年の心にあるコトが綴られていた。もちろん兄貴以外異性と親しく語り合ったことのないミチエである。男性の感性に触れる機会などなかった。その故か、手紙にある文章ひとつひとつが興味深い。男の人もこんなこと考えるんだ。こんなことになぜこだわるのかしら。信じられない。ひとつひとつが驚きである。そんな興味に加えて、手紙はミチエに不思議な効果をもたらした。疲れた身体を忘れさせ、また動き出す元気を与えてくれる。これはまさに手紙がもたらす『癒し』の効果なのだが、まだまだ若く未成熟なミチエにはそんな言葉が浮かぶわけがない。
「みっちゃん、うるさいわよ。なにがおかしいの?」
何度もクスッと吹き出す姉を不思議がって、妹が参考書から顔を上げて声を掛ける。
「ごめんなさい…。」
ミチエはすまなそうに口元を手ふさいだ。そして、もう一度手紙を読み返した。何度読んでも同じところで吹き出してしまう。
「うるさいったら。」
妹の文句を聞きながら、ミチエはそろそろ妹とは別な部屋が必要なのかもしれないと感じていた。
ブリティッシュエアラインの機内放送が、間もなくヒースロー空港に着陸することを案内した。汀怜奈は改めて、隣の席にあるギターケースがしっかりとシートベルトに固定されているか確認した。パリのエコール・ノルマルの留学期間を終えた汀怜奈は、帰国の途中にロンドンに寄って、英国の名門クラシックレーベル DECCAと日本人としては初のインターナショナル長期専属契約を締結する下打合せをおこなうことになっている。
DECCAとの契約が成立すれば、彼女の演奏はビジネスとして世界的にプロモートされ、演奏家としての地位も確立する。若干21歳でのこの快挙は、まさに前途洋々たる彼女のアーティストとしての未来を保証するものである。
「みっちゃん、うるさいわよ。なにがおかしいの?」
何度もクスッと吹き出す姉を不思議がって、妹が参考書から顔を上げて声を掛ける。
「ごめんなさい…。」
ミチエはすまなそうに口元を手ふさいだ。そして、もう一度手紙を読み返した。何度読んでも同じところで吹き出してしまう。
「うるさいったら。」
妹の文句を聞きながら、ミチエはそろそろ妹とは別な部屋が必要なのかもしれないと感じていた。
ブリティッシュエアラインの機内放送が、間もなくヒースロー空港に着陸することを案内した。汀怜奈は改めて、隣の席にあるギターケースがしっかりとシートベルトに固定されているか確認した。パリのエコール・ノルマルの留学期間を終えた汀怜奈は、帰国の途中にロンドンに寄って、英国の名門クラシックレーベル DECCAと日本人としては初のインターナショナル長期専属契約を締結する下打合せをおこなうことになっている。
DECCAとの契約が成立すれば、彼女の演奏はビジネスとして世界的にプロモートされ、演奏家としての地位も確立する。若干21歳でのこの快挙は、まさに前途洋々たる彼女のアーティストとしての未来を保証するものである。