凪の海
文通でお互いのことは知り尽くしていたので、確かに言葉は要らないのかもしれない。しばらくそうして見つめ合っていたが、やがて泰滋はミチエの背後に男性が立っていることに気づいた。
「兄の正愛です。」
泰滋の視線に気づいてミチエが長兄を紹介する。泰滋はミチエの声を初めて聞いた。ハリのある美しい声だ。闊達な彼女の性格にふさわしい。
「はじめまして、石津泰滋です。」
ミチエは、泰滋の声を初めて聞いた。標準語でしゃべるのだが、多少京都弁のイントネーションが混じっている。それも手伝ってか、ミチエは彼の声をなんてソフトな優しい声なんだろうと感じた。
「どうも、はじめまして…。」
長兄が頭を書きながら言葉少な挨拶を返した。もともと長兄も人見知りするタイプなのだ。
「それじゃ、ミチエ。俺はこれで帰るから…。帰りはひとりでも大丈夫だよな。」
「えっ?」
ミチエは長兄に不思議そうな顔で振り返る。母の命令で、今日は一日付き添うのではなかったのか。長兄は、初めて会ったふたりの様子を伺っているうちに、適当にあしらってふたりをひきはがすなど、到底無理だと悟ったようだ。泰滋の端正な容姿を見て安心したことも手伝って、泰滋に見えないように長兄はミチエにウインクをすると、もう心は場外馬券場へと彼の身を急がせたのだった。
長兄らしからぬ気遣いに戸惑いながらも、泰滋を見つめ続けるミチエ。改めてふたりきりにされるとなぜか鼓動は早まるので、それを泰滋に気づかれまいと苦労した。泰滋の様子には一向に変化が見られない。ただ笑顔でミチエを見つめているだけだ。
「ミチエさん。こうして立っていても何やから、映画でも見ましょうか?」
「はい。」
ふたりは連れ立って、映画館を求めて日比谷方面へ歩いていった。なかなか適当な映画館が見つからないまま、黙ってどのくらい歩いたろうか。結局ふたりがたどり着いたのは、有楽町スバル座である。
「兄の正愛です。」
泰滋の視線に気づいてミチエが長兄を紹介する。泰滋はミチエの声を初めて聞いた。ハリのある美しい声だ。闊達な彼女の性格にふさわしい。
「はじめまして、石津泰滋です。」
ミチエは、泰滋の声を初めて聞いた。標準語でしゃべるのだが、多少京都弁のイントネーションが混じっている。それも手伝ってか、ミチエは彼の声をなんてソフトな優しい声なんだろうと感じた。
「どうも、はじめまして…。」
長兄が頭を書きながら言葉少な挨拶を返した。もともと長兄も人見知りするタイプなのだ。
「それじゃ、ミチエ。俺はこれで帰るから…。帰りはひとりでも大丈夫だよな。」
「えっ?」
ミチエは長兄に不思議そうな顔で振り返る。母の命令で、今日は一日付き添うのではなかったのか。長兄は、初めて会ったふたりの様子を伺っているうちに、適当にあしらってふたりをひきはがすなど、到底無理だと悟ったようだ。泰滋の端正な容姿を見て安心したことも手伝って、泰滋に見えないように長兄はミチエにウインクをすると、もう心は場外馬券場へと彼の身を急がせたのだった。
長兄らしからぬ気遣いに戸惑いながらも、泰滋を見つめ続けるミチエ。改めてふたりきりにされるとなぜか鼓動は早まるので、それを泰滋に気づかれまいと苦労した。泰滋の様子には一向に変化が見られない。ただ笑顔でミチエを見つめているだけだ。
「ミチエさん。こうして立っていても何やから、映画でも見ましょうか?」
「はい。」
ふたりは連れ立って、映画館を求めて日比谷方面へ歩いていった。なかなか適当な映画館が見つからないまま、黙ってどのくらい歩いたろうか。結局ふたりがたどり着いたのは、有楽町スバル座である。