凪の海
 あらすじを要約すると、古代イスラエルの士師であったサムソンがデリラと恋仲になった。敵対するペリシテ人たちはサムソンを倒すために、デリラを買収して、サムソンの神がかり的な怪力の秘密を探ろうとする。不可解な質問を発するデリラを不思議に思いながらも、サムソンは彼女が買収されたなどゆめゆめ思わない。それでも、曖昧な答えで3度ははぐらかしたものの、4度目にデリラが泣きすがった時に、憐れに思ったサムソンは、ついに力の秘密が髪にあることを打ち明けてしまった。
 この答えが真実だと直感したデリラは、ペリシテ人に密告し、彼らの指示でサムソンが眠っている間に髪の毛を剃ってしまう。髪の毛を失ったサムソンは力を失い、襲ってきたペリシテ人に抵抗できず捕らえられることになった。そして、彼は目をえぐり出されてガザの牢で粉をひかされながら悲劇的な最後を迎えることになる。
 よくよく考えれば、この作品がふたりの初めてのデートにふさわしい作品だったかどうかは疑問であるが、結果的に内容はどうでもよかった。実際後日ミチエはその作品のことを問われても、タイトルは想い出せてもその話しのスジはまったく憶えていない。その時は、とにかく暗く静かな場内で、自分の高鳴る鼓動が、泰滋に聞こえてはしまわないかとヒヤヒヤすることに終始していた。間、チラッと泰滋を盗み見たが、彼はじっとスクリーンを見つめ、映画を観るのに集中しているようだった。
 しかし、実際はちがう。泰滋は顔と目はスクリーンを向いていても、神経は隣に座ったミチエに向いていた。彼女と触れんばかりになっている肘が気になって仕方が無かった。そこから伝わってくるかすかな体温とやわらかな感触。彼とて映画のストーリーが頭に入るわけでもなかった。
 映画のスジが全くわからなくとも、お互いの存在を直接身近に感じて過ごす時間は、あっという間に過ぎていく。映画は終わったが、映画をただ瞳に反射させていただけのふたりに、鑑賞後の感想などあるわけがない。
「ああ、もうお昼か…お腹すきませんか、ミチエさん。」
「ええ…まあ。」
 泰滋の誘いに、ふたりは数寄屋橋へ足を運ぶ。
 食事と言っても、銀座の洒落たレストランなんて今のふたりが知るわけもない。とりあえず百貨店の食堂へ行ったのは当然の選択と言える。
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