凪の海
泰滋さんたら、最初から私の家に来たくて、自分に断るいとまを与えないようにタイミングを計っていたんだ…。京都の人間は本当に何を考えているか解らない。泰滋が乗った電車を見送りながら、なぜか笑いが込み上げるミチエ。さあ、大変だ。お母さんになんて言おう…。もう湧きかかった涙など、とっくに引っ込んでしまった。
自宅に戻った汀怜奈は、母親からさんざんお説教を食らった。当たり前だ。帰国後から訳の分らぬ奇行を繰り返し、未だ自分の家で寝ていないのだから。しかし汀怜奈は母からの説教を右の耳から左の耳に流し別なことを考えていた。一応橋本ギターの所在も確認できたし、ギター修理から回収したばかりの佑樹の状況から言って、あのギターがすぐ別な人手に渡るようなこともないはずだ。少し落ち着いて、いつもの生活のリズムに戻ろう。
その日以降、汀怜奈は日課である朝2時間、午後2時間、夜2時間のギター練習を再開し、1週間ほど佑樹の家には近づかなかった。実際のところ、練習の他にも契約のプレス発表に関する業務で忙しかったのも事実だ。
契約するDECCAの日本エージェントは、髪の毛を大胆に切った汀怜奈を見て絶句した。プレスリリース用の写真をロンドンで撮ったが、そこに写っている優美な汀怜奈には似ても似つかぬ容姿だ。『髪の毛を許可なく切らないこと』という条項を契約書に入れるべきだったと、エージェントはさかんに後悔していた。
撮り直して『美女』のイメージを壊すわけにもいかない。だいたいロンドンで撮った写真は、プロフィールとともに世界中に配信されてしまっている。そのうち国内のメディアからも取材のオファーが殺到するだろう。エージェントに懇願されたこともあり、汀怜奈はメディアの取材には写真と同じ髪型のウィッグを付けて応じることにした。
週が明けて生活に落ち着きを取り戻すと、汀怜奈はまたデニムパンツに野球帽という出で立ちで、母に見つからぬようこっそり家を出た。途中、高級和牛肉を東急百貨店の地下の食料品売り場で購入し、一路佑樹の家に向う。
汀怜奈が佑樹の家の玄関を開けて挨拶をすると、短パン姿の父親がタオルで鉢巻をして出てきた。この父親はいつも家に居る。仕事をしていないのだろうか。佑樹から父親は売れない恋愛小説家で生計の為に家でエロ小説を書いていることを聞き合点がいくのは、だいぶ経ってからのことだ。
自宅に戻った汀怜奈は、母親からさんざんお説教を食らった。当たり前だ。帰国後から訳の分らぬ奇行を繰り返し、未だ自分の家で寝ていないのだから。しかし汀怜奈は母からの説教を右の耳から左の耳に流し別なことを考えていた。一応橋本ギターの所在も確認できたし、ギター修理から回収したばかりの佑樹の状況から言って、あのギターがすぐ別な人手に渡るようなこともないはずだ。少し落ち着いて、いつもの生活のリズムに戻ろう。
その日以降、汀怜奈は日課である朝2時間、午後2時間、夜2時間のギター練習を再開し、1週間ほど佑樹の家には近づかなかった。実際のところ、練習の他にも契約のプレス発表に関する業務で忙しかったのも事実だ。
契約するDECCAの日本エージェントは、髪の毛を大胆に切った汀怜奈を見て絶句した。プレスリリース用の写真をロンドンで撮ったが、そこに写っている優美な汀怜奈には似ても似つかぬ容姿だ。『髪の毛を許可なく切らないこと』という条項を契約書に入れるべきだったと、エージェントはさかんに後悔していた。
撮り直して『美女』のイメージを壊すわけにもいかない。だいたいロンドンで撮った写真は、プロフィールとともに世界中に配信されてしまっている。そのうち国内のメディアからも取材のオファーが殺到するだろう。エージェントに懇願されたこともあり、汀怜奈はメディアの取材には写真と同じ髪型のウィッグを付けて応じることにした。
週が明けて生活に落ち着きを取り戻すと、汀怜奈はまたデニムパンツに野球帽という出で立ちで、母に見つからぬようこっそり家を出た。途中、高級和牛肉を東急百貨店の地下の食料品売り場で購入し、一路佑樹の家に向う。
汀怜奈が佑樹の家の玄関を開けて挨拶をすると、短パン姿の父親がタオルで鉢巻をして出てきた。この父親はいつも家に居る。仕事をしていないのだろうか。佑樹から父親は売れない恋愛小説家で生計の為に家でエロ小説を書いていることを聞き合点がいくのは、だいぶ経ってからのことだ。