凪の海
 かくして、汀怜奈と佑樹は、エコバックを片手に、近くの商店街への買い物に、連れ立って歩くことになった。

「ところで先輩、本当にギターが上手いんですね。」
「それほどでも…」
「何の曲だが知りませんが…。」
 そう、ロドリーゴの小作品なんて、よっぽど好きじゃなければ知るわけがない。
「聞きながら、なんか…日差しの暖かい、田舎の畑にいる気分でした。」
 汀怜奈は驚いて佑樹の横顔を見上げた。
『佑樹さんはホントに曲名を知らないで、おっしゃってるのかしら?』
「あら、佑ちゃん。今夜お肉は要らないの?」
 商店街のアーケード。店の前を通り過ぎる佑樹を呼び止める声があった。見ると精肉店の冷ケースの小窓から、人がよさそうなおばさんが笑顔で顔を出している。
「ごめんねおばちゃん。今夜は肉は必要ないんだ。」
「そう…あら、今日は珍しくお連れさんがいるのね。」
「ああ。」
「綺麗な方ね。佑ちゃんのガールフレンドかしら。」
「なっ、なに言ってんだよ、おばちゃん。失礼だよ。先輩は男性なんだから。」
 慌てて言い返す佑樹。汀怜奈は、他人から指摘されても、いまだに自分を女だと疑うこと知らない彼を、馬鹿なのか、純粋なのか、はかりかねた。
「こら、ユウキ。素通りはねえだろうが。」
 魚屋の前では、いかついおじさんが佑樹を怒鳴り始めた。
「今日は、良いサンマがはいってるぞ。買ってけ。」
「残念ながらコーチ、今夜はすき焼きでーす。」
「ばかやろう、贅沢もいい加減にしろ。」
 佑樹は笑顔で首をすくめると、早々に店の前から逃げ出す。
「あのおじさん、自分の少年野球時代のコーチなんです。別に怒ってるわけじゃないんですよ。ただ、普通に喋れないだけなんです…。」
 佑樹が嬉しそうに汀怜奈の耳もとで囁いた。
 商店街の店を通るたびに、佑樹は声を掛けられた。そのひとつひとつに笑顔で答える佑樹。まるでこの商店街のすべての店が、親代わりとなって佑樹を育てたのがごとく、彼を可愛がっているようだった。
「あら、ゆうボウ。いらっしゃい。」
「こんちは、おばちゃん。今日はすきやき用の野菜もらうよ。」
「あら、今夜は豪勢ね…大切なお客さんでも来たの?」
「この先輩がとってもいい肉を持ってきてくれたんだ。」
 八百屋のおばちゃんが汀怜奈をまじまじと見つめた。
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