ドナリィンの恋
 ドナのバスからも、佑麻がポケットから携帯を取り出す姿が見えた。メールを確認している。それからの彼のあわてぶりは遠目に見ても滑稽だった。連れの女性に手を合わせて頼みこんでいる。そして、買い物袋を押しつけると、抗議する女性に目もくれず、車道の縁石につまずきながらも、プールに飛び込むようにタクシーの後部シートに転がり込む。彼の挙動を一部始終見ていたドナは、くすくす笑いながら、ちょっとした意地悪な満足感を味わった。
「Teka lang…sandali(・・・でもちょっとまってよ。)」
 やがて、ドナは自分が何をしでかしたかに気づく。ついに佑麻を呼び出したのだ。そして彼は、今の何よりも優先して、ドナが指定する場所へ飛んでいった。ドナを乗せたバスが行き着くところで、彼が待っている

 バスのステップを降りると、バス停のサインに寄りかかりながら待ちうけていた佑麻が、ドナに気づく。佑麻が近づいて話しかけようとすると、ドナはまた後ろに下がってしまう。ドナは、デートの経験がないのでこういう時の男性との距離感がわからない。佑麻がまた一歩進むと、ドナはまた一歩下がってしまう。はじめて花を受け取った時の再現である。5メートルの間隔をあけ、お互い困った顔をしながら見つめあう。しばらくして、佑麻は近づくのを諦めて、少しあけた口に指を運び、手振りで『何が食べたいの?』とドナに問いかけた。ドナは、フォークをくるくる回して麺をからめ取り、口に入れるしぐさで答える。
「ああ、パスタ…。」指でOKサインを出し佑麻が歩き始めると、ドナは距離を保ちながらついてきた。
 カジュアルなイタリアンレストランを見つけ、店内へ。佑麻は、フロアスタッフにテラス席を希望し、紳士らしく椅子を引いてドナに着席を促すも、ドナは彼を通り越して隣のテーブル席に座り、悠然とメニューを開く。驚くフロアスタッフに小さく詫びながら、佑麻は仕方なく自分のテーブルに座った。指を鳴らしてドナの注目を引くと、メニューを開いて掲げながら、『何にする?』と手振りで問いかける。メニューは英語でも書かれていたので、ドナにもわかったが、彼女にちょっといたずら心がわいてきた。
 小さな黒板に日本語で書かれた日替わりパスタメニューを指し示し、『これは何?』と首をかしげるしぐさ。
「これ? Aは、エビと小松菜のぺペロンチーニだから・・・。」
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