ドナリィンの恋
 佑麻は離れたテーブルのドナに大声出して説明しようとしたが、彼のヘタな英語を他の客に聞かれるのも恥ずかしいと思い止まる。彼は、上半身を反らしながら泳ぐエビを表現し、からだを固めて畑にすくっと育つ野菜になり、そして指をちょっとなめて顔をしかめる辛い顔でパスタの味を説明した。ドナは、そんなパフォーマンスを披露する彼を唖然として見つめていたが、一通り終わったところで、今度はBを指し示す。
「えっこれも!Bは、イベリコ豚とマシュルームのクリームスープパスタ・・・、ちょっと難問だな。」
 佑麻が指で鼻先をあげて豚になり、頭を抱えてマシュルーム。角を作って乳をしぼる真似をしたところで、ついにドナは吹き出した。懸命に笑いをこらえながら、『私、やっぱりこれがいい。』と通常メニューのボンゴレを指差す。
「なんだよ。人にさんざんやらせておいて。」
 文句を言いながらフロアスタッフに二人のパスタをオーダーした。もちろん文句を言ったところで、ドナは日本語がわからないので伝わらない。しかし、ドナの笑顔を初めて見ることができたのは儲けものだった。佑麻の想像通りの可愛らしさだった。彼はテーブルのコースターに"Yuma Ishizu"と名前を書いてドナに見せた。それを見たドナは、"Donnalyn Estrada"と書いて応える。パスタが運ばれてくると、お互いがお互いを盗み見しながら、フォークを口に運んだ。ドナが空いたグラスを指で軽く弾くと、佑麻はフロアスタッフにドナのグラスに水を満たすようにオーダーする。佑麻が、コーヒーカップを持つしぐさをすると、ドナは小さな手のひらを振って、『お水で十分』と答える。こんな風に、ふたりの初めての食事は、静かではあったが柔らかく心地の良いものとなった。
 食事を終えて店を出た。ふたりはまだ、お互いの間隔を縮めることは出来なかったが、今度は前後ではなく横に並んで歩く。その方がお互いの様子が見やすかったのだ。家の前に着くとドナは、佑麻にほほ笑み、方手を胸に当てて軽く膝を折った。『ご馳走になって、ありがとう。』仕草の意味はすぐわかった。玄関の中へ消えようとするドナの背中に向けて、佑麻は初めて大きな声で呼びかけた。
「Could you call me again ?(また、連絡をくれるかい?)」
 振り返ったドナも、今度は大きな声で答えた。
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