ドナリィンの恋
 ドナのご機嫌を直す意味も含めて、コップで飲むしぐさで『飲みもの欲しい?』と佑麻が問うと、ドナは親指を立てて『ちょうだい!』と答える。佑麻は、近くの売店へ向かった。ドナは、フリスビーをおしりの下に敷いて芝生に座りこむ。今日は気持ちのいい日だ。空を仰ぎながら、祖国の暑さを思い出そうとした。日本でこんな涼しい空気に触れていると、マニラの一年中続く重苦しい暑さを忘れてしまう。佑麻はマニラのむせかえる暑さをどう思うだろうか。雑多な臭気が混ざったチャンパカ通りでも、佑麻は顔をしかめず歩いてくれるだろうか。やがてドナは、なぜそんなことを思い始めたのか不思議になり、頭を振って考えを切り替えた。

「彼女。ひとり?」
 若い二人連れの男が、日本語で話しかけてきた。身なりを見れば、外国人のドナでも、彼らが紳士でないことは一目瞭然である。ドナは、立ち上がりこの場からすり抜けようとするが、もうひとりが行く手をふさぐように立ちはだかる。
「どこから来たの?」「かわいいじゃない。」「そのへんでお茶でもどう?」
 日本語の意味がわからなくとも、ドナは下品に笑いながら近づいてくる彼らが、何を目的としているのかはおおよそ察することができる。彼らの包囲から逃れようともがいていると
「俺の女に、何かようか!」
 少し怒気を含んだ佑麻の声が響いた。
 男たちの動きが止まった。その隙にドナは、男たちから逃れ、佑麻の背後に身を隠し、彼の腕にしがみつく。男たちはふたりをしばらくにらみつけていたが、舌打ちし、諦めたように去って行った。
 佑麻は、男たちが離れていくのを確認すると、みずからも軽く安堵のため息を漏らし、背中に隠れるドナを振り返る。彼女がわずかに震えているのがわかる。佑麻は、『大丈夫だよ。』と日本語で言いながら優しくドナの黒髪をなぜた。ドナにもその意味がわかったようだ。彼は買ってきたミネラルウォーターのキャップを開けて彼女に渡した。ドナは喉を鳴らして勢いよくミネラルウォーターを飲むと、少し落ち着きを取り戻したようだ。ふたりが戻らなければならない時間がやってきたので、佑麻は芝生に残したフリスビーを拾いに行こうとすると、ドナが彼の腕にしがみついたまま一緒についてくる。仕方なく佑麻はドナを片腕にぶら下げながら後片付けをした。
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