ドナリィンの恋
「It's getting late now Donna, Wanna take a walk back home?
(そろそろ時間だ。このまま歩いて帰ろうよ、ドナ)」
「Opo…(はい)」ドナは小さくうなずく。
 ふたりはそのまま腕を組んで歩いた。佑麻は、ついに腕にとまってくれた小鳥を逃がしたくなかった。ドナの柔らかさと温かさを腕に感じながら、出来るだけゆっくりと歩いた。一方ドナは歩きながら、またもや自分を救ってくれた魔法の言葉『オレノオンナ』の意味をしきりに考えていた。

「おい、佑麻。お前フィリピン人の女の子と付き合っているのか?」
アイスホッケーの練習後、シャワールームでチームメイトが佑麻を囲んで問いかけた。
「いや、付き合っているって訳じゃ…。」
 公園での一件以来、ドナと佑麻は話ができる距離に、お互いを近づけられるようになっていた。今のデートは、カフェで同じテーブルに座り、時間いっぱい日本語と英語とタガログ語を交差させながら、お互いの家族や生活や生い立ちのことを話し合う。ふたりの共通言語は英語だが、ふたりにとっての異国語である英語では、伝えたいけど伝えきれないもどかしさがあった。しかし、それでもあきらめずにひとつひとつ丁寧に説明する努力は惜しまない。そうして過ごすふたりの時間が楽しくもあった。佑麻は、ドナの国の暮らしを聞いてもまったく具体的なイメージがわかなかった。まあ、同じアジアだから日本とそう変わらないだろうと、日本の延長線上で、家の形、部屋の様子、街の風景を想像した。後日、その時の自分の想像がいかに甘かったかを思い知ることになる。ドナは、佑麻の母がすでに亡くなっており、医者として忙しい父に負担をかけまいと、兄弟3人で支え合って育ったことを知った。佑麻が兄弟の写真を見せると、妹を見てドナはコロコロと笑い出す。佑麻がいくら訳を聞いても彼女は明かしてくれなかった。
「なあ、フィリピーナってどんな匂いがするんだ?」
「そうそう、肌が黒くて、毛深かったりするのか?」
「やっぱり、目の色が違ったりするのか?」
 シャワールームで佑麻を囲むチームメイトが矢継ぎ早に質問する。
「なあ、いい加減にしろよ。俺は、お前らの彼女の、匂いだの、肌の色だの、目の色だのに聞いたことはないだろ。」
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