ドナリィンの恋
 こうして佑麻の家の中を散策すると、あちこちから日本の日常の生活が見てとれる。ドナは、『人間が生きる』という本質は、祖国とまるで変わらないものの、『暮らす』というディティールが大きく異なっていることを感じていた。もし、自分がこの家で暮らすことになったとしたら、この家のひとつひとつを素直に受け入れることができるのだろうか。佑麻も私の家に来たらきっと同じ問いを自分に投げかけるに違いない。
 熱いお湯にタオルを浸し、佑麻のベッドへ運んで行った。果たして、彼は汗でびっしょりになっている。ドナは、濡れた彼のパジャマを丁寧に脱がせ、彼の下着にも手をかけた。
「ドナ・・・。」佑麻が弱々しい声で抵抗するが
「大丈夫、佑麻。I’m a nurse. I know what to do. Just follow my instructions.
(私はナース。私の言うとおりにしてね。)」と取り合わない。
 ドナは、熱いタオルで佑麻の全身の汗を丁寧に拭き取る。いつもの白い肌が熱で赤みを帯びている。胸元の汗でチェーンについたリングが光った。幾度か見ているリングだが、不思議なデシャヴーを感じた。あっ、ドナはもう一度フォトフレームを見直す。写真の中の母親がこのリングを薬指にしていた。この男の子はどこまでマザコンなのだろうか。ドナはそんなことを思いながら、佑麻に乾いた下着とスウェットスーツを着せた。そしてまた水を飲ませる。ドナは、発汗と着替えを3時間にわたり3回繰り返した。3回目には、平熱とはいかないまでも熱は下がったようで、佑麻の息遣いもだいぶ落ち着いてきた。
 ナースとしての仕事を終えると、ドナはベッドサイドで佑麻の長いまつげを眺め続けた。彼女はこの男に愛おしさ感じていた。ある時は、騎士のように毅然としてたくましく、ある時は少年のように悪戯で恥ずかしがり屋、そして時には幼子のように甘えん坊になる。今日は、熱で弱っているのにもかかわらず、逆に汗にまみれた体躯からいのちのほとばしりを感じる。会えばいつも新しい魅力の発見があり、そしてそのすべてが理屈抜きで受け入れられてしまう。カソリックであるドナは、この男が好きだという感情の前に、この男とめぐりあわせてくれた神様への感謝の気持ちでいっぱいだった。
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