ドナリィンの恋
 驚いている佑麻をしばらく見ていたドナは、やがてまた彼の頭を引き寄せ膝の上に載せた。
「Ok… Come…(まあ、いいわ。サクランボ食べなさい。)」
 ドナは、サクランボを彼の口に運ぶのを再開した。

 果樹園からワイナリーへの移動の間でランチタイムとなった。佑麻は近くでレストランを探したが、「今日のランチはフィリピンスタイルでいきましょう。」というドナの提案で、ミネラルウォーターだけ買って、見晴らしのいい丘でバスケットを開けた。
 中から出てきたのは、スモークされた小型のフィッシュTapang Isda(タパン・イスダ)と、ココナッツミルクが入ったシチューみたいなもの、これはCadereta(カルガレータ)という料理であると教えられた。そして最後に、ライスが出てきた。ドナが持参してきたライスは、日本のものとはちがい細長で炊きあがりも多少パサパサしている。ドナが準備してくれた料理だ。彼は初めてのフィリピン料理に、多少の不安はあったが食事を開始する。スモークフィッシュに尻尾からかぶりつこうとしたら、骨がのどに刺さるからやめろと制止され、フィッシュを手でさばきながら、せっせと香ばしい白身を佑麻の皿に乗せてくれた。カルガレータをスプーンですくいパサパサのライスと混ぜながら口に運ぶ。正直な第一印象は、『なんとか食べられるな』であった。
ドナを見ると、右手の指先で器用にライスをすくいながら素手で食事をしている。今日の彼女は、今まで彼と行った街のレストランでは見せたことのない早さと器用さで、どんどん食べ物を口に運んでいた。おしゃべりの彼女が一言もしゃべらない。こんなに美味しそうに食べるドナを見るのも初めてのことだった。ドナの魚の身を取ってくれる心遣いと彼女自身が食べる勢いに押されて、佑麻もおなか一杯になった。ミネラルウォーターで細い指先を洗うドナを眺めながら、箸も使わず素手で食べることが、こんなにも優雅に感じられるのが不思議だった。
「何でナースになりたいの?」佑麻は食後の後片づけをしているドナに問いかけた。
「小さい頃、お父さんが病気で死んだ。お母さんは、家族のためにたくさん働いたからほとんど家にいれなかったの。代わりに近くのおじさんやおばさんが私たちの面倒を見てくれました。大きくなったら、ナースになってお礼がしたいと思ったのよ。」
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