ドナリィンの恋
 佑麻とハグも握手もせず、ドナは彼と叔母夫婦に背を向けて、しっかりとした足取りでゲートへ進んでいった。ドナを後ろから見送るもの達からはそう見えたが、実際前に回ってみるとドナの頬は大粒の涙で濡れていた。乗機待ちのロビーでは、ドナは人目もはばからず、声をあげて泣いた。こんな泣けるのは生まれて初めての経験だった。できれば、帰国する前に涙でこの切ない気持ちを洗い流してしまいたい。そう願っているかのようだった。

 ドナを見送った空港での別れ際に、叔父が佑麻に何事かを話しかけた。佑麻は立ち止まったものの、叔父とは視線も合わせず、ただ軽くお辞儀をしただけでその場から離れていった。

 『別れを繰り返し君は大人になっていく。』という唄があるが、それが当てはまるのは、あきらかに女性だ。帰国後ドナは佑麻との別れの悲しさを振り払うべく、一心不乱に学びそして地域の活動に精を出した。人々はそんな彼女を見て、ドナは日本に行って一段と逞しくなったと噂した。ドミニクも、帰国したドナに時折近寄り難いきびしさを感じたが、実際話しかけてみると彼女らしい優しさは失われてはいなかったので安心していた。こんなドナだが、さすがに夜はつらかった。どんなに疲れていても、なかなか寝つけない。ベッドにはいっても思い浮かんでくるのは佑麻の仕草、声そして彼と過ごした楽しい日々。彼の面影を振り払おうと奮闘しているうちに気がつくと朝になっていることが多々あった。いっそのこと夢の中で佑麻に会えれば寝つきもよかろうが、会いたい人ほど夢には出てこない。彼を思い出にするにはまだまだ時間が必要のようだ。
 一方日本の佑麻は完全に腑抜け状態であった。何事もやる気を起こさないので、家では由紀の、サークルでは麻貴の怒りを幾度となく買っていた。サークルのチームメイトは、何となくその理由を察しているが、今はそっとしておこうと彼には無理に近づかなかった。見かねた佑麻の兄が、忙しい診療の合間に弟を飲みに連れ出して、女なんて星の数ほどいるよと諭すが、弟は一向に変化する様子が見られない。そうして何ヶ月かが過ぎた。

 大学も長期休暇に入ろうかとしているある日、家で洗濯物を干す手伝いをしている由紀の携帯が鳴った。
「由紀ちゃん。佑麻いる?」麻貴が携帯も壊れるような剣幕で問いかける。
「朝から起き出してこないから、部屋にいると思うけど…」
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