ドナリィンの恋
「さっきから携帯が通じないのよ!」
「どうしたの?」
「あいつ急に休部届けを送りつけてきたのよ。」
 麻貴に催促されて、由紀は佑麻の部屋のドアをノックするが返事がない。妹だけ持たされている緊急用の合鍵で部屋に踏み込むと、机の上に由紀宛の手紙が一通置かれていた。その代わりに、家族の写真が映っていたデジタルフォトフレームが無くなっていた。

 なぜかボロボロになった佑麻が現れ、泣きながらドナにしがみついてくる。ドナは驚いて、そこで目が覚めた。睡眠不足がたたったのか、現場研修での休憩時間にうたた寝をしてしまったようだ。しかし彼が夢に出てくるなんて珍しい。妙な胸騒ぎを感じた。日本の佑麻に何事か起きたのだろうか。

 帰りのデルタ航空の電子チケットを確認した。帰りはオープンチケットになっている。滞在ビザは、現地で何とか延長できるだろう。機内のエコノミー席のシートベルトを外し、佑麻はニノイ・アキノ国際空港 第一ターミナルに降り立った。飛行機から出た時の熱気。今まで出会ったことないような香り。どう聞いても理解できそうもない早口のタガログ語。こちらから用がないのに話しかけてくるすべての人が、悪意を持っていそうな気がして、もう成田空港での元気を失っていた。今更ながらドナが日本でどんな思いをしていたのかが察せられる。初めて会った夜の出来事も、今まで佑麻が思っていた以上にドナには恐ろしい体験だったに違いない。
 空港出口の喧騒は、想像を絶する。到着した人々が大きな荷物をかかえ、何を待っているのかたむろしている。到着客を待つ大勢の人が駐車場の鉄格子の間から手を伸ばし、大きな声で叫んでいる。佑麻は?陀多(カンダタ)になって蜘蛛の糸にぶら下がり、足下の地獄を眺めるような気分に浸っていた。あの鉄格子から外が下界という事になるのだが、どうやったら街へ出ていけるのだ。それにしてもこの案内の悪さは何だ。少なくともここは国際空港だろうに。ところでこれから自分はどこに行くのだっけ。まさか日本にいるドナの叔父に彼女の住まいを聞くわけにはいかなかった。そうだ、ドナの大学だ。彼女が日本滞在中に何度か耳にした大学の名前。ドナにたどり着くための情報は、心細いことにそれだけだった。
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