ドナリィンの恋
 到着後数時間でもはやこれか。これがマニラか。これはもうロマンスではなくサバイバルだ。感動の再会どころではない。ドナを見つけられるかどうかは、自分の生死に関わってくる。佑麻は、体のあちこちを蚊に刺されながらコンクリートの上に横になり、夜空を見上げた。都市部の夜空には珍しく満天の星と月が望める。佑麻はドナとのブドウ園でみた月を思い出す。あの時の月に比べれば、赤く妖しく燃えるような月だ。彼女が見に来たらと言わなかった理由のひとつが理解できたような気がした。佑麻の頭に、後悔という文字がちらつき始めた。

 夢の中で佑麻に会った日以来続く胸騒ぎは、今も続いている。しかし、そんな胸騒ぎの理由を落ち着いて考えている暇もなく、ドナは現場研修で忙しい日々を過ごしていた。今日も早朝から研修現場へ直行し実習をこなしたが、その後はゼミの打ち合わせで久しぶりに大学に出向かなければならない。向かう道すがら、ドナは不思議な感覚を覚えた。大学に近づくにしたがい胸騒ぎが大きくなるのだ。見ると、大学の門の前に大きな人溜まりができている。ドナも好奇心が湧いて人溜まりに近づいていった。すると何人かがドナの到来に気づき、自然と彼女の前の人垣が分かれ、モーゼが神の力で開いたような道ができたのだ。人々はひと言も発せずただニヤニヤしながらドナを見守っている。ドナは奇妙だと思いながらも前へ進んだ。そして輪の中心に男がいることに気づく。男が座る足元には『I'm looking for Donnalyn Estrada』と描かれていた。
< 56 / 106 >

この作品をシェア

pagetop