ドナリィンの恋
 食事の後、ドナはミミ、ソフィア、ドミニクをリビングに集めて何やら相談事をしている。時折ドミニクが首をもたげて、佑麻を睨みつけるのをドナは何度もいさめたが、佑麻はリビングにいづらくなったので、グロート(マリアの祭壇のある小庭)に出て、金魚が泳ぐ姿を眺めることにした。
 話し合いが終わると、ドミニクは不服そうに自分の家に戻り、ドナは佑麻を引き連れ2階にあがり、彼の寝床の準備をした。日本の建築基準ではあり得ないような急な階段を上がったところが、小広いフロアになっている。床はむき出しのベニヤ板であるが、その床に薄い敷布団を一枚。相変わらず蚊には悩まされそうだが、路上で寝た昨夜に比べれば天国のようだ。ドナとミミとソフィアは、一緒にドアのある奥の寝室で寝る。
 その夜、ふたりとも積もる話が山ほどあったが、ドナが寝床を完成させないうちに佑麻はもう寝息を立て始めていた。ドナは優しく佑麻の頭をまくらに添えてやり、明かりを消した。月夜に浮かぶ彼の寝顔をしばらく見入っていた。佑麻の家での看病以来、またこの男の寝顔が見られるとは夢にも思わなかった。この先どうなるかわからないが、ここまで彼を無事に導いて下さった神様に深い感謝の祈りを捧げるドナだった。

 佑麻にとって、マニラのスパルタンな日々が始まった。気持ち良く寝ている佑麻の足を蹴って、ソフィアが起こしにくる。家の時計をみるとまだ午前5時だ。マムに小銭を持たされてソフィアとともにパンデサールを買いに近くのパン屋まで。パンデサールは1個2ペソ。早くいかないとなくなってしまう。とにかくどの店も手造りだから作れる量に限りがあるのだ。朝食も早々に髪を濡らしたままのドナが大学へ行く。『えっ、ひとりでここで待つの?』との佑麻の抗議の視線に、両手拳を胸元で可愛らしく握って『ファイト!できるだけ早く帰ってくるからね。』と笑顔で返す。そして佑麻の横に立つソフィアを指差し『ソフィアがあなたのお世話係よ。言うことをよく聞くのよ。』と合図して家を出て行った。泣きそうな顔で彼女を見送る佑麻に構わず、ソフィアが彼の袖を引いて、まず叔母のティタ・デイジーの家に連れて行く。
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