ドナリィンの恋
 ティタ・デイジーの家は水道がないので、20リットルタンク6本を台車に積んで、細い路地を抜けて、水道のある家へ水を買いに行かなければならない。タンクひとつ4ペソ。全部で24ペソ、円で換算すると48円というところか。満タンにして総重量120キロ。デコボコの路面に台車を転がすのもひと苦労だ。帰路はただでさえ狭い道に市が立ち、人が溢れている。佑麻も怖気づいて迂回しようとするが、ソフィアが許さない。人を押しのけて台車を通す。これがこちらのスタイルらしいが、これでよく喧嘩にならないものだ。佑麻は、役に立たないとわかってはいるものの、『すいません。通ります。すいません。』と日本語でペコペコ謝りながら市場を抜けた。
 ティタ・デイジーの家でタンクの水を全てドラム缶に移し終わった時点で、彼の上腕はもうパンパンに張っている。ソフィアは非情にも、そんな彼を今度は建築現場へ連れて行く。そこにはドミニクがいた。ちょっと乱暴なボディーランゲージで指示を受け、ブロック運びとセメントの砂運びをやった。昼に現場を抜けて家に帰り、ミミからランチをもらうが、食後はまた現場に行き作業を続ける。夕方にやっと一区切りつき、ドミニクに親方らしき人の前まで連れていかれると、親方は佑麻の肩を叩きながら、300ペソを渡してくれた。ソフィアにそれを見せると、彼女はそのお金をひったくるようにして自分のポケットにしまう。
 帰り道、ソフィアの後を歩きながら、『この国は人件費が一番安いんだな。1日働いて、300ペソ、600円かよ。300ペソで何が買えるんだろう?相対価値でいうと、日本の3000円位のものが買えるのかな。』などと考えていた。
 家では、ドナがもう帰っていて、ミミとともに食事の支度をしていた。ソフィアは、佑麻から受け取ったお金をそのままマムに渡す。佑麻が家に帰るなり、バスルームにいくと
『何で日本人は毎日シャワーを浴びたがるのかね。水道代がもったいない。』とマムが文句をいうが、もちろん言葉が通じないから、彼も安らかに水を使う。
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