ドナリィンの恋
(謝罪なら、早く受けちゃいなさいよ。そうすればもう毎日顔を合わせる必要もなく   なるでしょ。)」
 『もう顔を合わせる必要がなくなる。』ドナは、その言葉を受け入れるのにわずかな抵抗を感じた。

 ドナが謝罪を受け入れようと決心した朝。しかし、その日に限って、彼の姿はバス停にない。どうしようかと思い迷って、ベンチで腰かけていると、ほどなくして慌てて走ってくる彼の姿を認めた。彼の方はバス停にひとりたたずむドナを発見して、思わず立ちどまる。ドナが自分を待つ。彼にとっては想定外のことだった。彼は、すぐ逃げてしまう臆病な仔鹿に近づくように、ゆっくりと慎重に近づいていった。ちょうど5メートル位の間隔になった時、今度は、ドナが高鳴る自分の胸の鼓動を悟らせまいと後へ退く。彼は困って立ち止まった。そして少し考えると、今度はバス停のベンチに花束を置きゆっくりと自分が後ろへ下がった。ドナは、正確に5メートルの距離を保ちながら前へ進み、ついにベンチの上の花束を拾い上げた。
「Forgiven granted…(許してあげるわ…)」小さな声だったが、ドナの言葉を、彼はしっかりと受け取った。しばらく笑顔でドナを見つめていたが、軽く会釈をして言葉もなくドナから離れて行く。相手の背中を見送るのは、今度はドナの方だった。やはり、彼の目的は謝罪だけだった。彼の姿がもと来た道に消えるのを確認すると、少しばかりの失意を抱きながら、ドナは小さな花束をデイバッグに挟み込み、遅れた講義へと急いだのだった。

 実は、ドナはその日の講義内容が何も頭に入っていなかった。帰宅しても、自分のベッドルームにこもり、小さな花束をただ漠然と見つめていた。叔母に、夕食の準備を手伝うように促されて、ようやくベッドから起き上がる。食事中、大学の様子を聞く叔父の質問にも、生返事で答えるだけだった。食欲もなく、終わっても雑に食器を片付けて叔母に叱られた。今日はやる気が起きない。どうしてなのか、ドナにも訳がわからない。せめて今日受け取った切り花を、コップに活けるぐらいはしようと、水を満たした大きめなコップを持って、自分の部屋に戻った。花束の輪ゴムを解いたとき、葉の間からひらりと小さな紙切れが落ちた。
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