ドナリィンの恋
 市外へ出る交通手段は、長距離バス、タクシー、ジプニー、バイク、トライシクルとあるが、地下鉄がないマニラでは、市民はそれらを距離に応じて上手く使い分けて使用する。家を出て10歩ですぐ自転車トライシクルに乗り、ジプニーの捕まえられる通りまで出る。ジプニーでタクシーが集まるショッピングセンターまで行き、さらにタクシーで銀行まで。こうして乗り継いでいけば、家からほとんど歩かずに目的地に着ける。さらにショッピングの帰りなど、お金をセーブしたければ、4人から5人の家族全員を1台のバイク・トライシクルに同乗させ帰宅することも可能だ。実際通りでは、危険だと思えるくらいの量の荷物と人を乗せた小型バイクをよく目にする。また、女性にとっては夜遅くなった帰り道、ジプニーを降りてから自宅までの暗い夜道を、自転車トライシクルを利用していくことにより、危険な目にも遭わずに済むというセキュリティ対策にも貢献している。そう考えると東京とマニラの都市交通はどちらが便利なのか、佑麻にも判断が難しくなってくる。
 銀行に着いたマムは、ドナの手助けを得ながらカウンターで事務処理をし、サインを終えたところで待合ロビーに戻り、書類ができるのを待っていた。どの国の銀行も同じと思うが、この銀行のロビーも冷房が利きすぎている。あまりにも外気との温度差があったので、さすがの佑麻も銀行に入った時は体が震えた。
 マムの異変に最初に気づいたのはドナだった。
「マム、大丈夫!」見ると、マムの顔の血の気は失せて唇は紫色になっていた。そしてロビーの椅子から床へ崩れるように倒れ込む。
 『マム!マム!マム!マム!』
 パニックに陥ったドナは、マムを抱きかかえて、ヒステリックに泣き叫ぶ。佑麻が駆け寄りマムの様子を見た。体が冷たかった。マムの状態を詳しく見ようとしても、相変わらずパニック状態のドナは、抱えたマムを離そうとしない。佑麻はドナの頬に平手打ちをした。
「ドナ、しっかりしろ。お前は看護師になるんだろ。わめいている暇があったら、救急車を呼べ!」
 佑麻の叱咤に我に返ったドナはようやくマムを離し、自分の携帯電話で救急へ電話した。
< 70 / 106 >

この作品をシェア

pagetop