【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
30過ぎてカーチャンに叱られる。
休日の昼間だというのに人もまばらな駅のホームに下りたち、私はきれいに晴れ渡った空を見上げた。
こんなに人の少ない駅を見るのは久しぶりだ。
かすかに海の香りを含んだ風がすうと吹き抜け、ホームの傍に生えているクローバーを揺らしている。
懐かしい故郷の美しい風景を目にしても、私の心は晴れない。
なぜなら私を故郷に呼び寄せた母が怒りの形相で私を待ち構えているのがわかるからだ。
ホームの柱の影からちらと改札のほうをうかがうと、すでに母が腕を組んで改札口をにらんでいるのが見えた。
「……」
私はため息をついた。
確かに私は母に黙って会社を辞めた。でも、すぐに仕事を始める予定だったの。彼氏と会社を興そうとしたのよ。ホラ、三十代で企業って成功する女性にはよくあるパターンじゃない。女性向けビジネス雑誌でもよくそういう記事を見かけるし、やるなら今だと思ったの。
母からすれば親に黙って会社をやめるのはありえないことらしい。意味がわからない。
実家を出てもう十年以上にもなる自立した女がいちいち自分のキャリアプランを母親に相談する必要なんてあったかしら。
私が会社を興すのは彼氏とであって母親とではないし、母に迷惑をかけるつもりもそんな予定もなかった。
田舎町から出た事のない母からみれば会社を作るといえば大げさに聞こえるかもしれないけれど、私がやろうとしていたのはただの英会話教室だ。
需要があれば大きくするかもしれないけれど、軌道に乗るまでは小さな英会話教室としてはじめるつもりだった。公民館や小さなマンションでやる教室だから、そんなに初期投資も必要ないはずだし、講師は私が自分でやる予定だから、あとは簡単な授業料のやり取りと事務的なことだけを彼氏に担当してもらうか、必要ならば事務のパートさんを募集してもいい。
今こそ私の留学経験とキャリアが生きる。そう思っていたのだ。
しかし、ここで誤算があった。
私が十年近く働いた会社を辞めて退職金を受け取った途端、一緒に暮らしていた彼氏が突然いなくなったのだ。
私の退職金を持ったまま。
< 1 / 164 >