【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「けち」
「こっちも商売なんだよ。金を払いたくないなら営業時間に来るんじゃねぇよ、昼間に出直せ」
親から店を引き継いだだけの癖に、祐輔はもうしっかりと経営者らしい口を利く。
小学生のときは私に殴られて泣くような弱虫だったくせに腹の立つ男だ。
私だってねぇ、別に3800円が惜しいわけじゃないの。ただ金の話となると急に他人面をするのが癪に障る。
「800円まけろ、あとさっき取り上げた酒を返せ。あれは私が買ったものでしょ」
「アホか、それ以上飲むな」
そんなやり取りをしていると突然、カウンターに折り目のない万札が一枚置かれた。
私も祐輔も軽口の応酬をやめて顔を上げる。
斜め後方を振り返ると私から30センチほど離れた場所にすらりとした若い男が立っていた。
彼はこんな田舎町の油染みたきったないスナックで、なぜかツイードのジャケットを羽織っている。おまけに胸元には艶のあるクラバットなんてしゃれたものを巻いている。
このあたりでよく見るタイプの男とは明らかに毛色が違う。
その上繊細で、やや女性的な顔立ち。それに、髪や目、肌など全体的に色素が薄い。
もともとの髪の癖を生かすためか、頬や口元のあたりまで伸ばした髪がヨーロッパ風のセンスを感じさせる。
ヤンキーでもないのに髪を頬の辺りまで伸ばしている。
この時点ですでに彼はこの地元の男ではないとわかる。
東京では髪の長い男はごく普通に受けいれられているが、しかしこんな片田舎ではヤンキー以外で髪を伸ばしている男は皆無に等しい。固い仕事の男は角刈りかオールバックという名の亜種バーコード。ちょっとオシャレな男はアイパーか金髪ヤンキー頭。ここではそう決まっているのだ。
彼はちらりと横目で私を見た。
ファッションや髪型もそうだが、地元の人間とは目が違う。心の中を覗かせない、穏やかなのにどこか冷たい瞳だ。
「この方の分を、僕が払います」
穏やかで品のいいその物言いに、祐輔は戸惑っているようだった。もちろん私もだ。
私は人からコイツ、お前、アンタなどと呼ばれるのはいつものことだが、この方と呼ばれたのも初めてだ。
「あ、あのぅ、私、別に持ち合わせが無いわけじゃなくて」
私は見ず知らずの人に懐具合を心配されてしまった恥ずかしさに顔を赤らめた。それほど私の不幸自慢は大きな声だっただろうか。
男は田舎町には不似合いなほど洗練された美貌に笑みを浮かべた。
「ええ、わかっていますよ。
僕があなたの分を払いたいだけです。ご迷惑ですか」
「でも、知らない人なのに」
知らない人にご馳走になってはいけない。私が幼稚園くらいのとき、母に何度も言われた言葉だ。もちろん親が心配するほど私に物をくれる人はいなかったが、しかし齢30にしてこんな若くきれいな男から奢られることになろうとは。
「そのうち知り合いになりますよ。ここは小さな町ですから」
彼はそう言うと、かすかに微笑んだ。社交的で品のいい笑みだった。
「あ、ありが」
「では、また」
私の言葉を最後まで聞く前に、彼は小さく会釈をして店の出口に向かった。
彼はずば抜けて背が高いわけではない。しかし頭が小さく肩や首のラインがすらりとしているせいで、まるで外国映画の俳優さんのように後ろ姿がきまっている。
彼がそこにいるだけで、このきったないスナックがむしろ味のある外国の店のように見えた。