【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
美しき婿と祟り神。
白い薔薇の花が咲いている。
そのことに気づいたのは巫女さまとしての朝の仕事を終え、洋館に戻るときだった。
もう晩秋どころか冬に差し掛かっているのに薔薇が咲いているのが珍しく、私は屋敷の裏手にある目立たないその一角に近づいていった。古く錆びついたアールヌーヴォー風の格子に囲まれたその一角は他の庭に比べて少し荒れているようだ。
映画のセットみたい……。
冷えた手に息を吹きかけながらそちらに向かうと、木々の茂みの間に誰かがいた。
一瞬、朱雀様かと身構えたけれど、よく見ればそれは制服姿の彰久で、白いシャツが朱雀様の白い狩衣と重なって見えただけだった。
彼は時折薔薇の枝に手を伸ばしてその葉をむしっていた。
何度かその動作を繰り返していると、彼の袖が棘に引っかかる。
「あ」
思わず声を上げると彼が振り返った。彼は一瞬大きく目を見開いたものの、すぐに視線を足元に落とした。
「なんだ、……あんたか」
彼に会うのは久しぶりだった。婚儀の前に会ったきりだから、丁度一ヶ月ぶりに彼の顔を見たことになる。いくら北条家が広いとはいえ、同じ家に住んでいる私たちが一ヶ月も顔を合わせないのは、やはり彰久のほうで私と会うことを避けていたに違いない。
「おはよう。……久しぶりだね」
「ん……」
彼は私の目を見ないまま、また薔薇の葉をむしった。
「何をしてるの?」
「薔薇の世話。枯れない程度にね。
薔薇はさ、……葉が茂りすぎて風通しが悪くなるとすぐ病気になるんだ、ほら、白いだろ。カビなんだ、これ」
彼は手を開いてくしゃくしゃになった薔薇の葉を私に示した。彼の言うとおり、深い緑の葉はところどころ白くなっている。
彼の態度の変化に気まずいものを感じ、私もどこかギクシャクとした話し方になってしまう。
「彰久が家のお手伝いをするなんて、意外だね」
彼は苦笑した。
「お手伝いって。
違うよ、手伝いじゃなくて自主的にやってる」
「花が好きなの」
「別に……。
ここの庭、母親の庭だったんだ。だから庭師もここだけは遠慮して触らない。そのせいで荒れ放題だ。
見てみろよ、ここだけ変なものを植えているだろ。ネギと……ジャガイモ。薔薇にクチナシ。枇杷と……チューリップかな、この球根」
あまり手入れが行き届かなかったのか、この庭は草や作物、花木が好き勝手に葉や枝を伸ばし足元さえおぼつかない。この屋敷の敷地内、どの庭を見てもプロの手が入っていることは明らかなのだけれど、ここだけは雑多だ。
「ジャガイモ、食う?食うなら掘り返してやろうか」
「お母さんが植えたんでしょ、いいの?」
まだ高校生なのに母を亡くした彰久の心中を思うと、ジャガイモを素直に受け取ってよいものか判断がつかなかった。
「いいんじゃね、別に。親父もこんな庭があったことなんて知らないだろうし。植えた本人もすぐに飽きてほったらかしにしていたみたいだしな……見ろよ、地下茎が伸びてあっちこっちで芽を出してる。このままじゃ屋敷の庭全体がジャガイモだらけになるぞ」
彰久はそう言いながらしゃがみこんで、乾いて堅くなった土を手で少し掘り返し、そしてため息をついた。
「……美穂」
「ん?」
「……アンタ、本当に景久の嫁になっちゃったんだな」
「え、ああ……うん」
彼の言葉の意味するところを感じ取り、私はつい気恥ずかしくなって目を伏せた。
「ここのところ、アンタを避けていて、ごめん。一番不安なのはアンタだよな。
この家でアンタが頼れるのは俺しか居ないのに」
「頼るなんて。元々そんなつもりはないわよ」
彼は口元だけで浅く微笑んだ。彰久の華やかな美貌にどこか影がある。
「美穂。あんたはもうこの家の巫女さまになってしまったから逃げられない。ここで生きるしかない。
だからさ、ちょっとだけこの家と朱雀様について調べてみたんだ。榊家の人間や、有沢、親父なんかにも聞いてみたけど、すべて伝聞に過ぎない話だけれど、……聞く?」
私は頷いた。
私と顔を合わせない間、彰久は彰久でいろいろと私のためを思って動いてくれていたのだと思うと嬉しかった。
彰久は作業をする手を止めないまま、話し始めた。