【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】

「ちょっ、榊さん、私ちょっと席をはずしていいですか」

 落ち着いて考えればこの祭礼の主賓である私が演武の直前に席をはずしていいはずはないのだが、彰久の姿を見て動揺した私はそんなことにも思い至らなかった。
 榊さんは驚いたように目を見張り、そして首を横に振った。


「なりませぬ巫女さま。何かございましたか」

「だって、景久さんが出るだけでもアレなのに、彰久が出るなんて……」

 それを聞いて彼女は眉をあげた。

「まあ、巫女さま。景久様も彰久様も武家の男子でございますよ、馬を扱いますゆえ怪我の危険が全く無いとは言えませぬが、お二人とも乗馬も剣道もお小さい頃からしっかりとやっておられますから大丈夫でございましょう。 お互いの力量もよくお分かりでしょうし、こういうものは北条家当主に花を持たせるものと結果は決まっているので、打ち合う真似事をするだけでございます」

 それを聞いて私はほっと息を吐いた。

「あ、出来レースなの、これ」

 彼女はそれを聞いていやな顔をした。

「出来レースではございません。これは勝負事ではなく朱雀様に奉納される演武なのでございます。演武、つまり戦っているふりでございます」

「はあ……じゃあ役者さんの殺陣(たて)みたいなものですね」

 なるほど。そりゃそうよね。祭礼の場で、剣道の試合さながらの打ち合いなんか始めたら怪我人が出るものね。そうなったら祭は台無しだわ。

「はい。型どおりの演武を奉納するだけです」

 なーんだ。じゃあ心配することは無いわね。
 私は安心して脇息にもたれた。
 榊さんは私のその安心した様子をちゃんと見ていたらしく、小さく囁いた。


「ご新婚でございますねぇ」

 私は大きく口をあけて固まった。

 ご新婚。
 私と景久さんが『ご新婚』。

 確かに婚儀を終えて一ヶ月の私たちは世間的に見れば新婚さんなのだろう。

 それこそブスな私でも「おかえりなさーい、あなたぁ。ごはんにする?お風呂にする?それともわ・た・し?」的なべったべたのセリフをはいても許される唯一の新妻特権期間……。暇さえあればイチャイチャしているのが世間の新婚さんだ。

 だが、私と景久さんの間にそんな新婚らしい時間など皆無である。
 別に仲が悪いわけではないが、婚儀以降、私たちは一度もいちゃついたりはしていない。手をつなぐことすらない。

 景久さんは結婚前の宣言どおり、私に対して敬意を失わない態度で接してくれているが、それは家族としてのそれというよりは巫女さまに対するそれである。敬意はあっても愛は無い。愛が無いので当然セッ○スレスである。

 これ、そもそもが契約結婚だから婚儀という理由ナシに誘われたとしてもどう受け入れていいのか微妙だし、ないならないで「これでいいのか?」と不安になる。

 もし私が夫である景久さんに夫婦の行為を求めたならば、彼はそれを朱雀の巫女さまの婿たる自分の義務として受け入れるだろう、たぶん。
 でもそういう義務感の透けて見える行為はさすがの私も無理だし、だからといって彼が個人的に私に対してハアハアするのも、今の私たちの距離感では不自然すぎてなんだか気持ち悪い。そんなキモいことをあの景久さんがするはずもない。

 と、いうわけで私たちは着実に仮面夫婦の道を辿っているのである。
 そんな情けない現実を世間に晒すのはさすがに私もつらいので、榊さんの「新婚」発言は流すしかない。
 私はだまって前方を見据え、夫を心配するあまり雑音は聞こえないという白々しい演技をしなければならなかった。


 舞台の前で男たちは馬を下りてこちらに一礼し、そして互いに向き合って一礼した。

 景久さんの武具は剣のようだが、彰久のあれはなんだろうか。長い。薙刀……だろうか。
 神に奉納する演武らしく、金をはめ込んだ武具がきらきらと秋の日差しを受けて輝き、彼らの姿はまるで天上の軍神のようだった。
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