【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
どぉん、と腹の底にひびく様な太鼓の合図と共に、景久さんは太刀を構えた。柄にくくりつけられた朱色の紐が優美に舞って美しい。このまま彰久と剣先を打ち合わせるのだろう、彼はゆっくりと剣先を彰久の薙刀の先に合わせようとした。
その時、金属同士が強くぶつかる音がして彰久の薙刀の先と景久さんの剣先が激しくぶつかり合い、火花が散った。
ほとんど剣舞のようにして始まったそれが、突然先ほどまでの優雅な空気をなぎ払い、見守る人々にもそれと分かるほど空気がぴんと張り詰める。
彰久の薙刀の先が景久さんの鼻先を掠めようと大きく一閃する、が、景久さんはすんでのところで後方に飛びのく。その動きは明らかに予想外の展開に驚いているものの動きだ。型どおりに演舞に戻ろうと剣先を打ち合わせようとする景久さん。しかし彰久はそれを薙刀の柄で払い、そのまま刃先を返し、薙刀の刃が景久さんの目元をかすめる。
先ほどまで祭礼を楽しんでいた見物人たちも、演武とは思えない彰久の気迫にざわつき始める。
え、演武ってこんな激しいものだったっけ……?
私は幼少期の記憶を手繰ろうとするが、私がこの祭礼で稚児を務めたのはもう二十年以上も昔のことで記憶が定かではない。
景久さんの表情は私の座っているところからではよく見えない。
「榊さん、これって……やばくない……?本気っぽいけど……」
私は演武の迫力に青ざめて隣の榊さんのほうを窺(うかが)う。彼女は演舞にくぎ付けになったまま呟いた。
「刃……刃は引いてございます。……おそらく……」
私はわが耳を疑った。
それだけ!?
刃を引くってことはつまり刃物の刃の部分をつぶして切れなくしてあるという事だけれど、だからといって刃を引けば安全とはいえないだろう。
剣なんて刃を引いたとしても鉄の棒とかわりはないわけだ。鉄の棒で防具もつけない人に斬りかかれば当たり所が悪ければ死んでしまう。当たり所がよかったとしても骨の一本や二本は折れてしまうだろう。
止めなきゃ。
そう言ったつもりだった。
けれど私の唇はきっとひき結ばれ、一言も言葉を発することはなかった。それどころか私の体は金縛りにあったように動かない。
そのとき、すう、と冷たい風に右の二の腕を撫でられたような感覚があった。そして同時に清げで静かな気配が私の隣に現れる。高雅で冷ややかな、菊に似た香りがすうと鼻先をかすめた。
なんともおかしな言い方だけれど、私は自分の隣に現れたその気配が、婚儀の朝に出会ったあの男のものであることをすでに感じ取っていた。
朱雀様だ。
目だけを動かして隣をうかがうと、白い狩衣と彫刻のように整った横顔。男なのか女なのかいまいち判然としない朱雀様が私の隣に座っていた。
き、来た……ホントに来た……。
そもそも巫女である私が寄坐(よりまし)で、ちゃんと朱雀様を呼ぶ儀式をしたうえで朱雀様に奉納する祭礼をしているのだから朱雀様がここに現れるのは当然のことなのに、私は完全に恐れおののいていた。
初めて彼に会った時はまさか神様が自分の前に姿を現したとは思っていなかったので別に怖くもなかったけれど、今の私は違う。
榊さん、来てるよ!朱雀様だよ!!
口も喉もまるで私のものではないように動かないので、心の中でそう叫んだが、榊さんが私の心の叫びに気付くはずもない。彼女の目は演武に釘付けだ。