【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】

 た、たすけて……。


 自分で呼んでおいて助けても何もないのだが、私は景久さんと彰久が怪我をするかもとかそんなことよりも、朱雀様が互いの呼吸も聞こえそうな至近距離にいる事のほうが怖かった。
 朱雀様は私の気持ちなど基本的にどうでもいいらしく、演武をじっと見つめている。そんなにこの本気の演武がお気に召したのだろうか。

 打ち合いはいまだ続いている。

 はじめは彰久の本気の打ち込みに驚きを隠せずに圧され気味だった景久さんも、もはや型どおりに演武を終わらせるのは無理と判断したらしく、彰久の薙刀を本気で打ち返し、斬りかかる。
 演武はとにかく三本先取すれば勝ちなので、さっさと勝ってこの剣呑な演武を終わらせてしまいたいのだろう。

 北条家当主が自ら祭礼で演武を奉納するのだから、当然当主に花を持たせる形で終わるのが通例の演武奉納だけれど、今年は相手が彰久で、彼は前当主の長男。当主候補だったのだ。そして、彼の母である先代の巫女さまがあと一年長く生きていたら、きっと私と結婚して当主となるのは彼の役目だったことだろう。

 この場の多くの人の脳裏にそのことが浮かんだに違いない。誰もが彰久は当主の座を掠め取った景久さんに対して一矢報いるつもりでこうして演舞の場を借りて復讐をしているのだと思っているに違いない。彰久の薙刀はそれだけ鋭く、まさに今、叔父の命を奪わんとする気迫が漲っていた。

 ヒュ、と風を切る音が聞こえ、彼の薙刀が大きく振り下ろされた。

 誰かがフラッシュをたいた。

 ただ写真を撮っただけなのだが、その位置が悪かった。景久さんは一瞬その光に目をやられ、彰久の刃を避けるのが遅れた。彰久はその一瞬を逃さなかった。
 そのまま刃を打ち下ろしていたら彰久は景久さんに怪我を負わせていただろう。しかし見事なもので、彼の薙刀は景久さんの額に触れるか触れないか、紙一重の距離でひたりと止まった。


 これで、一本……。
 彰久があと一本取れば彼の勝利は確定となる。

 ひんやりとした晩秋の空気がより一層冷たくなった気がした。

 審判が彼らを一旦引き離した。彼らは大人しく離れ、もう一度互いの武器を構えて向き合った。

 彰久は通例どおり当主に花を持たせるなどという考えはなさそうだ。祭礼の演武という誰もが目にする大舞台で景久さんを追い詰め、彼に当主たる資格のないことを示そうとしている。
 いや……、彰久は当主の座なんか望んではいなかった。

 彼は……北条家そのものに泥を塗るつもりで、あえてその当主である景久さんを選んで捻じ伏せようというのではないだろうか。


 ジャガイモを掘りながら、私を初恋だと語った彰久の横顔がよみがえる。
 人間関係の因縁が絡み合い、私は自分でもそれと意識しないころから自分が北条家と起点とする糸にからめとられていたような気がした。

 大きな気合の声が上がった。景久さんが体勢を立て直し、彰久に打ちかかった。その動きに先ほどまでの戸惑いはすでにない。本気だ。
 その場の誰もがそれを感じ取ったことだろう。彰久はそんな景久さんの剣を薙刀で打ち返した。双方の双眸に好戦的な光が宿り、錦の額飾りの下から汗が滴り落ちた。

 ぴりぴりとしたその空気に反応するように、朱雀の気配も次第に濃くなってくる。
 神の気配ともいうべき肌の粟立つ感覚が次第に痛みに似たものに変わっていく。
 もはやその様子を横目で見ることさえ怖ろしい。私は本能的な恐怖からそちらに目をやることが出来なかった。
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