【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
着替えを終えて表に出た私を迎えた男二人はもう一戦やりあったらしく、彰久の頬には殴られたあとがあった。
「あんたたち……また喧嘩したの……」
「喧嘩ではありません。
演武を私情で妨害した制裁と、そして僕の妻に無礼を働いた意趣返しです。右手でなかった温情に感謝するべきでは?」
景久さんの言うとおり、彰久の頬は丁度右側が痕になっている。おそらく景久さんは利き手で無いほうの左手で彼を殴ったのだろう。
「美穂は元々俺の妻になるはずだった女だぞ。美穂になら黙って殴られもするが、お前に文句を言われるのは納得がいかない」
「法的には僕の妻です」
「……あのさあ、なにかにつけ腕力に訴えるのはやめてくれない?そのうちどちらかが死ぬんじゃないの」
私はそう言いながら周囲を見回した。どこかに朱雀が居て、彼らの争いを見ているのではないかと思ったのだ。
首を絞められたこと自体よりも、あの「あたーりぃ」という女のような男のような不思議な声と、禍々しい薄ら笑いを思い出すだけでぞっと背中に冷たいものが走る。
今日受けた印象では朱雀はすごく争いを好むようだったから、もしかしたら争いの匂いを嗅ぎつけた朱雀がまたここに現れるかもしれない。
「あんたたちの家系、案外かっとしやすいのかもね。世が世なら家督争いですごいことになってたりして」
何気なく発した言葉のつもりだった。
けれど、それを言った途端、景久さんと彰久の表情が急にこわばった。
「な、何……。その顔」
景久さんは口元に浅い笑みを浮かべた。
「本当にあなたは勘がいい。
その通りですよ。北条家の家督争いは代々怪我人や死人が出ています。争いがあまりにも凄惨だったために精神に異常をきたしたものも少なくない。……争わず家督を継承したのは今のところ、僕の兄ただ一人です」
「言ったろ、朱雀は『祟る』って」
彰久も目を伏せ、そう呟いた。
「……」
私は思わず自分の首に触れた。朱雀の触れていた肌がひりひりと痛んだような気がした。