【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
驚愕に震えていると、景久さんがゆっくりと言った。
「……疑うというよりも、可能性の話をしただけです。
そして、可能性はまだいくつも考えられます。
まず、朱雀そのものが本物だったのかということ。今のところ、あなたが見た朱雀が僕たちの知っている朱雀と同じものかどうかを確かめるすべはない。同席していた榊さんにも誰にも……朱雀は見えないのです。
ならばそれが偽者であったとしても証明するすべはない」
「それよ!私が言いたかったのもそこなの!!」
私は興奮して立ち上がった。
「私が朱雀を見たのは二回。婚儀の朝と、そして今日の演武のとき。
はじめに会ったときの朱雀はなんだか、大人しそうな男の人で、こう……男か女かわからない顔をしていて、ううん、もっと言えば子どもみたいな雰囲気で、怖いとは思わなかったんです。
でも二回目は……はじめのうちは最初の朱雀と同じ雰囲気だったんだけど、だんだん……演武に興奮して怖い顔になっていって……『あたり』って言ったんです」
それを聞いた景久さんの眉間に神経質そうな薄い皺がすうっと寄った。
「あたり?……どういう意味ですか」
「私にも分かりません。私はその時、金縛りみたいになって声すらでなかったから意味を尋ねることさえできなかった。
でも頭の中でいろいろと考えていたのは事実よ。それに答えたのかもしれない。もし朱雀が本当に人知を越えたもので、人の考えていることを感じ取ったりするのなら、そういうこともあるかもしれない」
「それで、朱雀が当たり、と言った時、あなたは何を考えていたのですか」
私はあの極限状態の中で自分の考えていたことを細かく覚えているわけでは無いので少し考えてから答えた。
「たしか……演武の様子を朱雀がじっと見ていて、……あなたたちが争っているのを朱雀が喜んでいるみたいに見えたから……朱雀は人の争いが好きなんじゃないかって。ううん、むしろ争いを自ら起こしているのか、って……」
「……そうですか」
景久さんはテーブルに肘をついてこめかみに指を当てたまま、何かを考えているようだった。その少し憂鬱そうな美貌からは何を考えているのかさっぱり分からない。
「私がわからないのは……朱雀って神様なんですよね」
「ええ、そう聞いています。僕自身も何度か朱雀を見ましたが、突然消えたり建具などをすり抜けたりと到底人にはなしえないことをやってのけたりしますので、少なくとも人ではないと考えています。……個人的にはいまだ納得できているとは言いかねる心境ですが」
「その神様が……わざわざ手をのばして私の首を絞めたんです。神様なのに。まるで人間みたいだと思いませんか」
「そうですね。……それに、朱雀はいったんはあなたの首を絞めておきながら、なぜ途中でやめたのでしょう。
朱雀は常人の目には見えない。あなたは声も出せず、逃げることもできない。殺そうと思えば出来たはずなのに……」
それまで黙って聞いていた彰久が口を挟んだ。
「つまり、三つの疑問があるわけだ。
一つ目は、朱雀が二人いるんじゃないかって事と、二つ目は朱雀の『あたり』という言葉の意味。
それから、三つ目は、朱雀はあんたを殺すことが出来たはずなのになぜ途中でやめたのか、あるいは何故殺そうとしたのか。だよな。
今まで朱雀の巫女たる資格を守った巫女が朱雀に危害を加えられたって話は聞かない。うちに残る先祖の日記や祐筆の残したものを見ればそういった話が出てこない可能性はないわけじゃないだろうが、でもそんな重大なことがあったら俺たち当主候補が聞いていないというのはあまりに不自然だ」
「どうして?口伝えにそういう話を子孫に伝えてきたのなら伝言ゲームみたいに取りこぼしがあるのはよくあることよ」
彰久は小さく首を振って両手を組み合わせると、その手に視線を固定したまま話し始めた。
「この家で最も大事な事はとにかく『巫女さま』に関することなんだ。
美穂はまだ知らないだろうが、この家の当主は一夫多妻が当然だった時代も妻は巫女さま一人と決められていた。
隠れて妾を置こうとした当主もあったようだが、妾を置いたその年からこの地域は飢饉に見舞われ、もがさ(天然痘)の流行、海は凪いだまま魚一匹取れなくなってこの地域の人口は半分以下にまで落ち込んだそうだ」
「それはおかしいわよ、なんでも朱雀に結びつけるのはよくないわ。
歴史的に見て、飢饉や疫病に苦しんだのはこの地域だけじゃないわ。古今東西あっちこっちで起こったことよ。 朱雀と関係があるとは限らない」
昔は天気予報もビニールハウスも無い。当時の人はただただ天災には翻弄されるしかなかっただろう。そんなことは日本全国であることだったし、日本史の授業でもさんざん勉強した。
彰久は首を振った。