【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「いや、当時の記録では夜ごと朱雀様が当主と妾の枕元に現れ、一月で妾は発狂、当主は自刃。妾の産んだ子は『偶然』溺死したってさ。
これも言い伝えに過ぎないから、そんなものは信用できないとお前が言うなら俺としてはこれ以上この話の信憑性については何も言えない。
だが、俺たち北条家の男は皆この話を教訓として妻は巫女さま一人という家訓をかたく守っている。
巫女さまはそれほどにこの家にとっては大事な人間なんだ。この家の当主の義務は第一に巫女さまを守ること。 そのために北条家の男は小さいころから文武両道に励み、当主になる予定の男子は巫女さま以外の女を身の回りから退ける。
それほど巫女さま大事の家に、巫女さまの命に関する重大事項が伝えられないはずはない。
いままでに朱雀に直接殺された巫女が居たとすれば、その話が残らないはずはないんだ」
「……じゃあ、なぜ朱雀は私を殺そうとしたの……」
「わからない。なぜ殺そうとしたのかも分からないし、なぜ殺さなかったのかも分からない。
朱雀が本物ではなく偽物の朱雀だったのか、それとも美穂が歴代の巫女さまと何か違うところがあるのか、または美穂が巫女さまの資格を失いつつあるのか……。
でも俺も、朱雀がわざわざ自分の手で人を殺そうとしたってことに違和感がある。
もしかしたら、美穂が言うように、朱雀は本物の朱雀と、偽の朱雀がいるのかもしれない」
景久さんは少し顔を上げた。
随分集中して何かを考えていたのだろう、彼の顔は少し疲れているように見えた。
「……何か結論を出すには情報が少なすぎますね。
少なすぎる情報であれこれ考えて結論を急ぐのは危険です。今の段階で我々にできることは情報を共有することのみでしょう。
ですが今日、美穂さんの身に起こった事が夢や幻でないのならば、二度三度と同じ事が起こる可能性もあるわけです。警戒をするに越したことはありませんね。
美穂さんを害した朱雀が朱雀ではなく、朱雀に扮した何者かが何らかの特殊な手法を用いて、誰の目にも触れずに美穂さんを襲ったのならば、……対処も不可能では無いでしょう」
彼はそう話を締めくくると、ちらりと腕時計を確認した。忙しいのだろうか。
「景久さん、仕事だったら私たちに遠慮せずに席をはずしてくださってかまいませんよ。もう伝えるべきことは伝えました」
気を利かせてそういうと、彼は小さく会釈をして立ち上がった。
「それでは、今から出社します。帰りは遅くなりますので待たないでください」
朝から祭礼で食事を取れなかったのは彼も私と同じだし、さらに彼の場合は演武をこなしてさらに彰久とやりあったはずなのだが、今から出社するのか。
見た目が女性的なので普段はあまり意識しないが、景久さんって実はものすごい体力の持ち主なんじゃないだろうか。
そのまま景久さんが出て行ってしまうと、彰久は私の皿から食べ散らかしたブリニをつまんで自分の口に放り込んだ。
「警戒をするったって朱雀が見えるのは今のところ俺と景久、美穂の三人だけで、しかもあいつはあの通りお忙しい身だろ。一体どうやってあんたを守る気なんだか」
「さあ……。ま、相手が神様なら物理攻撃が利くとは思えないし、守るも何も無いんじゃないの」
「美穂、こわくねーの」
「実際首を絞められたときは怖かったけど、あのときの朱雀がすごく人間っぽくて……むしろ、偽者がいると思うのよ。はじめて見た朱雀はなんていうか、とっても清らかで繊細な感じがして、人間どころか虫も殺せない雰囲気だったの。怖いっていうか、知るべきことが山ほどあるって感じね」
と、言いつつ、私は万一のときのために実家近くの寺に行って住職に相談してこようなどと考えていた。住職がダメなら高校の近くの教会だってある。
人間の身で神様と戦おうなどと考えてはいけない。神様にはやはり神様をぶつけるのが良いだろうと思う。しっかりと頼んでおけば朱雀様はきっとよその神様がなんとかしてくれるでしょ。
生まれながらに朱雀の巫女さまと定められて生きてきた私だが、朝晩ぶつくさ言いながらお社のお世話をするだけのなんちゃって巫女だったために結局長じてからも宗教観はこんなノリである。
彰久は私の目論見など知らないので心底心配そうにしている。
「それを信じていいのかわからねーけど……ま、あんたのことは俺が守るから、何かあったら相談しろ」
彰久はそう言って私の頭にぽんと手を置いた。
十年前とはまるで逆の立場になってしまったみたいだ。
実際に高校生に頼れるかと言ったらそれは難しいけれど、でもそう言ってくれる誰かがいるというだけでとても嬉しい。
「そこまで弱くはないつもりだけど、でも……ありがとね」
彰久は少し不安そうな顔をして私を見つめていた。