【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
あなたを逃がさない。
突然音の途切れた感覚にぱっと目を開けると、景久さんが私とテレビの間に立って、こちらに背を向けていた。
彼は静かにテレビのリモコンをガラステーブルに置いて部屋を横切る。
彼の育ちがいいのは知っていたが、怖ろしくなるほど無駄な物音を立てない人である。
彼はリビングを出て自室から薄手の毛布を持ってくると、ソファにいる私にかけようとして、私の目が開いているのに気づいた。
「すみません、起こしてしまいましたか」
間接照明だけがぼんやりとともったリビングはいつもよりもさらに広く感じられる。眩しいような月の光が部屋の中に差し込んでいて、背丈ほどの観葉植物が妙に大きく感じられた。
「おかえりなさい……」
あくびをかみ殺しながらそういうと、彼はかすかに微笑んだ。
「僕を待たずに寝ていてくださってよかったのに」
景久さんはなぜか少し困ったような顔をした。
「待っていたんじゃなくてテレビを見ながら寝てしまったんです。今日は朝が早かったから……」
「そうですね、お疲れ様でした」
お疲れなのは、ただ祭礼を見守って周りにされるままだった私よりも景久さんのほうだと思う。私や彰久が家に帰ったあとも仕事だといって出て行ってしまったのだから。
私は壁掛け時計を見上げた。一時半。日付が変わるような時間まで仕事をしていたのか。
「遅かったですね、会社、大変なんですか」
「いえ、特に大変というわけではないのですが少し個人的に調べたいことがあったので、寄り道をして遅くなってしまいました」
「お食事は」
「いえ、もう結構です。この時間ですので」
さすがの彼も疲労の色が濃い。
「早く寝たほうがいいですよ、顔色が悪いです」
「そうですね。では、もう休ませていただきます」
彼はそう言ってかすかに会釈をすると、そのまま自分の寝室にいってしまった。
しばらくすると、中からシャワーを使う音が聞こえてきた。
時間が時間だし、私も寝ようと思ったのだけれど、足もとを這い上がるような寒気を感じた。
そうだ、お茶を淹れてこよう。景久さんも食事は要らないといったけれど、お茶くらい飲んで体を温めたほうがいいわ。
それに先ほどの彼はなんだかちょっと堅い表情だったような気がする。温かいものを胃に入れて少し落ち着いてからベッドに入るほうが寝付きもいいだろう。
彼がお茶を必要としているかどうかは分からないけれど、一応ね。私がお茶を飲みたいからついでに、だもの。そのくらい妻の裁量でやっておくくらいかまわないわよね。