【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
細い階段を下りてゆくと、時間が時間なので厨房には誰の姿もなく、真っ暗だった。
この家の厨房に入ったのは初めてだけれど、とても広い。いかにも昔の洋館らしいつくりで、ここの厨房はレンガの壁に埋め込むような形で大きなオーブンが三台も据えられている。コンロも壁一面にずらりと並んで同時に何種類もの料理を作ることが出来るように作られていた。
私は壁にかかっていた年代ものの鍋釜の中から小さなケトルを選んで湯を沸かした。
「えっと、茶葉茶葉……」
一人呟きながらあっちこっちの棚を開けてみるが、このキッチン、棚や引き出しの数が尋常ではない。茶葉探しに手間取っている間に二人分のカップのお湯などすぐに沸きだし、ケトルが白い湯気を吹きはじめた。
気ばかり焦ってろくに茶葉も見つけられないでいると、その時、不意に視界を白いものが横切り、同時に気高い独特の香りが私の脇を掠めた。
はっとして顔を上げると、狩衣姿の背の高い男が私のすぐそばに立っていた。
白い睫毛に縁取られた琥珀色の瞳が私を見つめている。真っ白でしみ一つない衣が薄暗い部屋の中に白く浮き上がって見える。
驚きのあまり、喉から小さな音が出た。
朱雀。
逃げ出したい衝動に駆られたけれど、彼は一つしかない出入り口のすぐそばに立っている。ここを出ようと思えば彼の隣を通らなければいけない。
どうしよう、こんな一人のタイミングでこんなことになるなんて。
私は思いつきで厨房に入ってきたことを後悔した。
昼間、私を狙ったのが本当の朱雀であろうがそうでなかろうが、また私が襲われるであろうことはわかりきっていたのに、私はやはり油断していた。一日に何度も襲われるはずがない、それに家の中だから、安全だ、と。
彼は私を見るともなく、すう、と目線を動かして部屋全体を見回した。切れ長の涼しい目には昼間の禍々しさなど微塵も感じられない。どこか寂しげで、そしてほんのりと優しい雰囲気を感じさせる表情だ。
彼はあまり私のほうを意識しない様子で足音もさせずにキッチンを横切ると、明らかに年代ものとわかる和風の水屋を指差して私のほうへ視線を流した。
そしてゆっくりと指を動かし、水屋の下段も指差した。
何……?
茶葉の、場所を……教えてくれているのかしら。
私は恐る恐る水屋のほうに近寄った。すると、彼は私が物を探しやすいようにだろうか、ゆっくりと半歩下がる。
朱雀が指差した棚を開けると、ずらりと缶が並んでいる。すべてイギリスの有名百貨店のロゴが入っている紅茶の缶だった。
「教えて、くれたのね……」
私の声は緊張のあまりひどくかすれていた。
朱雀の表情を見つめながらLady grayとかかれた缶に手をかけると、彼は小さく頷いた。
そして、一歩前進して私の心臓の音さえも聞こえそうなほど傍にくると、動けない私の耳の辺りを指差した。 ゆっくりとそちらに顔を動かすと、壁に小さな作り付けの棚があり、その上に陶器の鉢がいくつも並んでいた。 それらはよくよく見れば小さな植木鉢で、何種類ものハーブが栽培されていた。