【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「す、すすす朱雀、」
今度こそ私の首を絞めたほうの朱雀が出たのか。私は震える口からなんとか言葉を搾り出した。早く誰か感を呼ばなくてはと思うものの、人間本当に恐ろしいときはなかなか思うように声がでないものらしい。
「美穂さん」
相手の声に、私ははたと動きを止めた。ゆっくりと顔を上げると、そこにいたのは景久さんで、私の手をつかんでいるのは景久さんの手だった。
「……な、なんだ……」
景久さんか。驚かさないでくださいよ。そう言おうとしたのだけれど、景久さんはその私の言葉を押しつぶすようにきつい口調で言った。
「どこに行っていたのですか」
彼らしくもない苛立ったようなその声に、私は思わず身を固くした。
「……え……。お茶、を……」
いけなかったのか?
顔を上げると、景久さんの髪はしっとりと濡れていて、今までシャワーを浴びていたのだとわかる。せっかくシャワーを浴びたのに、彼の髪から滴った雫が肩の辺りを濡らしていた。
「逃げたのかと、思いました」
「えっ、」
そんなことは考えもしなかっただけに、彼の言葉は衝撃だった。
彼はうっすらと笑みを浮かべた。
「あなたは殺されそうになってまで、ここにいる義理はないでしょう……だから、逃げたのかと思ったのです。
祟られているのは巫女さまではなく北条家の男、つまり僕と彰久ですからね」
なるほどと思うと同時に、私はせっかく疲れて帰ってきた景久さんのためにお茶を淹れにいった自分の間抜けさが情けなくなった。
「逃げるなんて、考えもしませんでした」
小さくそう答えた。
「なぜ?」
私は息を詰めた。
私に詰め寄る景久さんはいつも通り穏やかな口調で話をしているのに、私はひどく厳しい態度で詰問されているような気がした。
なんだ、この威圧感は……。
勝手に私の足が数歩下がる。景久さんはそれ以上私を逃がすまいと、私の腕をつかむその手にぎゅっと力をこめた。
「なぜって。そんなことよりも朱雀が何者なのか、知る必要があるからじゃありませんか……?私はずっとそのことを考えていてそれどころじゃなかったし、それに……私が逃げたとしても、景久さんや彰久は……この家から逃げられないんでしょう?」
彼はふふ、と笑いを漏らした。
「綺麗事ですね、本気でそれを言っているのですか?」
私は眉間に皺を寄せた。
今の景久さんはたしかにエベネーザ・スクルージと呼ばれるに相応しい。猜疑心の塊だ。私は朱雀に殺されそうになって以降、一度もこの屋敷の外に出ていない。ずっとここにいるのだ。それなのになぜ私を疑うのか。
「前もって言っておきますが、僕はあなたを逃がしませんよ。
あなたはこの家に迎えた僕の巫女さまだ。逃げたとしても……どんな手を使っても探し出します。あなたのご実家を巻き込んででも、必ず僕はあなたを探し出します。
あなたが僕をどう思っていようと、あなたは一生僕の妻だ」
まるで映画や小説の中に出てくるストーカーのセリフそのものだ。
そして景久さんはそれが出来る財力と権力があり、私に執着する理由もある。
まさかそんな事を本気で言っているはずがないと否定しながらも、私は自分が蜘蛛の巣にかかった小さな虫になったような気がした。