【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
家に帰ると、玄関から丸見えの茶の間に弟の彼女、かよちゃんがいた。
彼女は妊娠がわかって以来、この家にほとんど住んでいるような状態だ。
赤ちゃんがいるとは言え、まだ彼女自身が17歳と若く、ご実家の反対もあってまだ入籍はできていない、らしい。
これは私が家族の会話の端々から察したことであって、誰も私に詳しいことを話してくれないので、もしかしたら事実とは微妙に違うのかもしれない。でもこちらもなかなかはっきりとその辺を突っ込んで聞くのは難しい。
もちろん直接詳しい事情を聞けないのはもどかしいという気持ちは私にもある。実の姉として弟の結婚に知らん顔はしたくないが、家族の誰もその話を私に振っては来ないし、デリケートな話題だけに私もさすがに聞けないのよね。
「……」
彼女はちょっと上体を傾けて玄関のほうを確認して、私が帰ってきたのを見たようだけれど、ただそれだけ。お帰りもお邪魔してますも何もない。
ま、いきなり実家に舞い戻った無職30歳結婚の予定ナシの女が濃い酒の匂いをさせて帰って来たら、普通はいい顔なんて出来ないわよね。実家だからと羽を伸ばしまくっていた私も、さすがに十代の女の子のこの態度をみては自分の態度を反省せざるをえない。
私は気を使って笑顔を浮かべた。
「あ、かよちゃん。きてたんだね。いらっしゃい」
「……ッス」
『……ッス』って。
十年近く東京で過ごしてきた私よりも、彼女のほうがよほどこの家の主みたい。あなたが座っているその場所は私の定位置だったわけだが。
さっき、ものすごいイケメンにお酒を奢ってもらっちゃった、そう言いたくてうずうずしていた気持ちが彼女の姿を見て小さくしぼんでいく。
別に悪いことをしているわけじゃないんだけれど、この子の目を見ていると……なんとなく責められているような気持ちになる。
「え、えっと。春彦は?」
「お母さんと、外に」
「こんな時間に?」
「……タロの散歩と、それからコンビニ……」
「そうなんだ……かよちゃんは?泊まっていくの」
彼女は小さく頷いた。そしてまたテレビに視線を戻す。
私は自分の分と、彼女のお茶を淹れてコタツに足を入れた。
「お茶、どうぞ」
「……ッス、」
彼女は私を見もせずにかるく会釈をした。
「……」
私は愛想笑いを浮かべて彼女の隣に座ったままでいる。
すでに彼女は愚弟の子どもを妊娠していて、近いうちに私の義理の妹になる、はずだ。仲良くならなくちゃと思うのだが……思う、のだが……。
脱色を繰り返して傷んだ髪と、対照的なほど黒い髪の根元。
流行のメイクなのか、彼女の顔には眉はほとんどなく、逆に目元はつけまつげと太く長いアイラインで真っ黒だ。彼女の目がどこを見ているのかさえ定かではない。
この時点ですでに話しかけにくいのだが、さらに彼女はいつだって能面のように無表情だ。怒っているのか不機嫌なのかそれとも何も考えていないのかさっぱりわからない。
会話の糸口を見つけられない私は、なんとか話しかけようと彼女の服装などをチェックする。これが30代以降の人間ならば天気の話をするのだが、若い女には「あ、それかわいいね」が一番無難で盛り上がりやすい話題だろう。
彼女の服装はというと、そう、彼女は常にグレーのジャージ姿だ。
妊婦だから腹回りを気遣って、ウエストゴムの服を着ているのだろうか。いや……でも去年の正月も彼女はこのコタツに足を突っ込んで黙ってスマホをいじっていた。時期から考えてあのころは妊娠していなかっただろうし、これが彼女の好きな服装なんだろう。
今時の十代のセンスは分からない。実はものすごく人気のあるブランドのジャージなのだろうか。
私は酔った頭を総動員して知っているスポーツブランドを頭の中に思い浮かべようとしたが、残念ながら彼女の着ているジャージのロゴは私の記憶にはないものだった。
まるで私と真反対の女の子を相手に何を話せばいいのだろう。
私は困惑し、そして彼女もおそらく……東京で暮らしていた義理の姉に戸惑っているのだろう。私の気配には敏感なのに、なかなか目を合わせてくれない。
「この番組、好きなの?」
色々と悩んだあげくにようやくそう話しかけると、彼女は私を見ることもなく答えた。
「別に」
取り付くしまもないとはこのことだ。