【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】

「景久さん……」

 不意に雲が切れて、窓から青白い月の光が差し込んだ。彼の色素の薄い瞳がほとんど金色に近い色に見え、私はその美貌にぞっとする。

 これが、私の夫……。

 優しく穏やかに見えるその仮面の奥に隠された猜疑心の強い、粘着気質の男。
 今まで私がかすかに感じていた彼に対する「悪い人ではない」という人物像がばらばらになって、私の手の中からすべりおちていく。私は彼のその気質を信じてこの家に入ったというのに。

 言葉もなく彼を見つめ返している私に、彼は優しく微笑み、そっと手をのばした。
 私よりも頭一つ分背の高い彼はそのまま身を屈め、私のまぶたにその唇を押し当てた。
それは一瞬のことだった。


「きつい言い方になってしまって申し訳ありません。ただ、……僕たちは普通の夫婦とは違いますから、少し不安になってしまったのです」

 その顔には一瞬前まで私を脅していた男の面影はない。優しく紳士的な私の夫がそこにいた。
 自分の頬がかっと熱くなるのがわかった。きっと私は今、真っ赤になっているのだろう。


 ばかみたい……。

 さっきまで私を脅していたこの男が、飴と鞭を使い分けた、ただそれだけのことなのに、私はすっかり不意をつかれてしまったみたいだ。

「もう戻りましょうか。随分時間も遅いですし」

 彼に言われるまま部屋に戻ると、夫婦のリビングから奥に続く私の寝室のドアが少し開いていた。
 景久さんはシャワーを浴びたあと、リビングに私の姿がないことに気付き、……私の部屋をのぞいて、私がいるかどうか確認したんだ。

 たまたま私の部屋をのぞいたの?
 今日だけ……?

 彼はいつも仕事が忙しく、いつも帰宅は深夜だ。場合によっては一旦帰ってきて着替えるなりまた出て行くこともある。私は、彼が自分よりも早く彼の寝室に行くのを見たことがない。
 もしかしたら、彼は毎日私が寝ている姿を確認していたのかもしれない。

 じっと自室のドアを見つめている私に気付き、景久さんは苦笑した。


「すみません。邪な気持ちで確認したわけではありませんよ」

 邪な気持ちで覗いている方がまだマシだ、気持ち悪い。私は腹の中で毒づいた。

「……きもっ」


 腹の中で毒づいたつもりだったが、私は仕事モードのとき以外は比較的思ったことが口や顔にでてしまうほうだ。今回もその例に漏れず、ついつい本音が口をついて出た。
 景久さんは元々大きな目をこぼれそうなほど大きく見開いて私を見つめた。


「今、なんと……?」


 景久さんの品のよい顔が驚愕に固まる。おそらく「きもい」などと人に言われたのは初めてなのだろう。だが、気持ち悪いものは気持ち悪い。いくら相手がイケメンでも血筋がよくともそこは譲れん。だからこそはっきりと言わせてもらおう。貴 様 は き も い。

 私は彼の目をまっすぐに見つめた。こういうことははっきり言われないと目が覚めないからね。


「きもいです。家庭内ストーカーとかちょっとついていけないです」

「……ストーカーではありません。これは一種の保護というか、」


 保護発言出ましたよ……。ニュースでよく報道されるパターンの供述ですよねそれ。

「あーハイハイそのパターンのヤツね!
 ストーカーはみんなそう言うんですよ。彼女を守っているんだとかなんとか言うんですよ!でも客観的に見れば あなたのやっていることはただの監視です。女の子の寝顔をのぞくなんてサイッテー」


 私の寝姿を見てこの男がいったい何をしていたのか想像するだに怖ろしい。道理で一緒に暮らし始めて一ヶ月、婚儀の夜以降一度も手を出して来ないと思ったわ。この人、契約結婚である私の心情に配慮していたのではなく、ただ単に変態だったのね。

 完全に景久さんを見る目が変わったわ。
 寝るときはノーブラ派の私だったが、今後はちゃんとブラをつけるようにしようっと。


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