【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
全く、巧のやつ……。ろくなことにはなっていないだろうと思っていたけれど、普通捨てた恋人にあそこまで恥も外聞もなく縋(すが)るかね。付き合い始めたころはもっと夢に目を輝かせていて、あんな人じゃなかったんだけどな……。
それとも私が長い付き合いの中で彼をあんなふうにしてしまったのだろうか。
もしかして私って、ダメ男製造機なのかしら。
弟の病室に向かう途中、私はそんな事を考え考え、エレベーターに乗った。しかし目的の階数を押すのを忘れ、考え込んでいるうちに病院の最上階についてしまった。
私がそのことに気づいたのはエレベーターのドアが開いて、乗り込もうとした人に驚かれてしまってからだった。
私は恥ずかしさから逃げるようにエレベーターから降りて、いかにもこの階に用事があるかのような様子を装って、歩き出した。
ここ、他の階とは明らかに様子が違う……。
きょろきょろと周囲を見回しながら歩いていく。
病院の廊下はしんと静まり返っていて、見舞い客の姿も患者の姿もない。時折きりりとした表情の看護師が通り過ぎていくけれど、その張り詰めたような表情は他の階の看護師さんとは明らかに違う。
それに、病院の廊下だというのに休憩用に置かれているソファがホテルのロビーに置かれているようなもので、照明も天井に取り付けたものばかりではなく廊下の端々にチューリップの形を模したお高そうなものが置かれている。
まさか、VIP用病棟……?
そんなものが現実に存在するのだろうか?
でもここは県立病院ではない。私立ならば経営の方法はある程度の自由があり、VIP専用のお高い病室があってもおかしくない。
へえ、じゃあ病院食も春彦や巧が食べているものとは違うのかしら。
卑しい興味だが、チラッと腕時計を確認すると丁度11時45分。もう少しこのあたりをうろうろしていればVIPのお食事が拝めるかもしれない。
興味があるんだから仕方ないわよね!ちょっと見る位いいわよね。セレブの生活をちょっとのぞいてみるだけ。ちょっとだけ。
自分に言い訳をしながら豪華フロアを見舞い客のような顔をしてうろうろしていると、空中庭園というのだろうか、フロアの中ほどに人工的に作られたきれいな庭があった。年中庭を利用できるようにという配慮からだろうか、植物園のように天井がガラスで覆われていて、外はもうすっかり冬の寒さだというのにさまざまな種類の薔薇やラナンキュラス、アネモネにゼラニウムなど春の花が咲き乱れている。
すごい、こんなフロアが北条病院にあるなんて地元の人でも知っているのはごくわずかなんじゃないだろうか。
私は咲き乱れる春の花々に引き寄せられるように庭園のガラスドアを開けて庭に入った。ふわっと花の香りが私を包んだ。
素敵……。私も入院するならここがいいわ。
こんな素敵な場所を見つけた自分の幸運に自然と頬がほころんだ。
その時、庭園の奥から男の人の声が聞こえた。
「大丈夫?疲れたらすぐに言って」
その穏やかで優しいものの言い方に覚えがあるような気がして、なんとなくそちらに目をやった私は言葉を失った。そして私はぴたりと動けなくなる。
そこにいたのは景久さんと、車椅子に座った若い女性だった。
彼女はここの患者なのだろうか。とても華奢な女性で、顔など私の半分くらいじゃないだろうかと思うほど小さい。それなのに目はフランス人形のように大きくて、瞬きをするたびにふさふさとしたまつげが上下するその様子は生ける人形と表現してもいいほどに可憐だった。
私は咄嗟に、蔦に覆われたガゼボの中にそっと身を隠した。もし景久さんに見つかってなぜここにいるのかと聞かれたらどう答えよう。
クズの元彼に実家を急襲されて弟と元彼が乱闘になって病院でーす!なんてさすがに言いにくいわ。かっこわるいったらありゃしない。
でもここは北条グループ経営の病院なんだから隠したっていずれ彼の耳に入るのかしら。イヤイヤ耳に入ったところで私が今日元彼に渡したのは自分のお金なんだから文句を言われる筋合いはないわよね、そうよ、堂々としていればいいのよ!
「景久、私なんかよりもあなたのほうが疲れた顔をしているように見えるわ」
景久さんは女性の言葉に見ているこっちが蕩(とろ)けるかと思うような甘い笑みを浮かべた。
「少し疲れているかもね。最近忙しかったから」
「だから最近あまり顔を見せてくれないのね。でも、そんなに忙しいのに、電話一本で飛んできてくれてありがとう。……大好きよ。世界で一番」
車椅子の彼女はそっと景久さんに顔を寄せて彼の頬に小さな薔薇の蕾のような唇を押し付けた。