【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「……ご、ごめん、邪魔しちゃったね」
そ、そうだよね!一回りも年上の酒臭い女、しかも無職。三十間近なのに独身、結婚の予定ナシに話しかけられても困るよね!
私は彼女との会話を諦めて立ち上がった。
いやー……。自分があまりかよちゃんに好かれてはいないだろうという気はしていたが、これは好かれていないを飛び越えて軽く軽蔑されているだろう。
気持ちはわかる。気持ちはわかるけどもうちょっと優しくしてやってよ、無職と未婚については本人が一番気にしているのよ。
逃げるように自室に引き取ろうとした私の背中に向かって彼女が言った。
「お姉さん」
おやすみくらいは言ってくれるのかしら。んもー、照れ屋さんなんだからっ!
ニヤついた顔で振り返ると、黒々とした彼女の目が私に向いていた。
「ん?」
「お姉さん、いつまでこの家にいるんっスか」
「えっ」
まさか直球でそうくるとは思わなかった。
私は答えに詰まった。
詰まったけれど、何も言わないわけには行かず、引きつった笑みを浮かべて何とか答えた。
「い、いつか白馬の王子様が現れるまで……かな~?」
「……」
彼女はそれを聞いて小さくため息をつくと、またテレビに視線を戻した。
冗談のつもりだったのだ。
嫁に行くまでこの狭い家に居座ろうだなんて、本気でそんなことを考えているわけじゃないんだ、ああああ私のバカバカ!これじゃ完全に邪魔な小姑じゃないか!
しかし、いいわけができるような雰囲気ではない。もともと友好的とはいえなかった彼女の態度はもはや話しかけることさえ拒んでいるようで、私は気まずさのあまり吐きそうになった。
だめだ、弟よ、心の弱い姉を許して!
私は逃げるようにその場を去った。
あああバカバカ。私はどうしてあんなことを言ってしまったのだろう。
彼女は結婚したら、ここに住むことが決まっているのよ。決まっているというか、他に二人が夫婦として生活する場がここ以外にないらしい。
弟はよく働くほうだけど、それでも船の修理だのなんだので貯金が吹っ飛んでしまい、マンションやアパートを借りる余裕なんて無い。
ここは小さく古い家だから、元々部屋数は少ない。こんな所じゃ生まれてくる赤ちゃんのために新しい部屋を用意してあげることもできない。
と、いうか、実は私が出て行けば部屋が一つ空くんだよね。
今回私が地元に帰ったことは確実にお嫁さんの中では計算外だよね。
私だって好きで無職になって彼氏に家財道具持ち逃げされて帰ってきたわけじゃないのよ?いずれ仕事を見つけたり結婚したりしてこの家を出るつもりではいるのよ、弟夫婦の邪魔になる気はさらさら無いんだけど、……うん、今は金も仕事も希望もないの。だから今だけ許して……!!
この地域では女の子は高校卒業後は農協か漁港か役所で働いて二十代半ばまでに嫁に行くのが『普通』だ。
私の両親だって私はきっとその路線で生きていくだろうと思っていただろうに、私は親に頼み込んで東京の大学に行かせて貰った。
それがこのオチ。情けないったらありゃしない。このままじゃ私個人が不幸なだけじゃない、「やっぱり女の子に学をつけさせても無駄。だってあそこの家の娘は……」的な実例をこの地域に残してしまい、他の若い女の子たちの進学の妨げになってしまう。
「……」
うわぁ。
よく考えると、私ってわりと……実家にとって邪魔だよね……。
布団に入って色褪せた昔のアイドルのポスターを眺めながら、私は泣き出しそうになる自分を叱咤した。
大丈夫。きっと仕事は見つかるし、結婚だって……………たぶん………できる。根拠はないけど、私を認めてくれる人はきっとどこかにいる。だって去年買った自己啓発本に書いてあったもの。望まなきゃ得られない。行動しなきゃ幸運はやってこない。ポジティブであることが成功への第一条件なのよ。