【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「おかしいわよ彰久。
景久さんのキャリアから考えて、彼がいままでのキャリアを捨てて北条家の当主に納まろうとするなんて、それも幼馴染の恋人と別れてまでそんなことを望むなんて……おかしい。
だって景久さんはそもそも北条家当主の地位や名誉に執着するタイプではなさそうだし、お金を作る能力だってあるから北条家の財産に固執している様子はないもの。
それなのに恋人と別れてまで当主に納まろうとするなんて。不自然だわ」
彰久は私のベッドの上に体を起こして、まるで私の心の奥底まで見透かしてしまおうとするかのように私の目をじっと見つめた。
「婿様になる男は一つだけ、朱雀に願いをかなえてもらうことができる。
妻問いの儀があったろう?あの時、婿様となる男は巫女さまを生涯かけて守り、忠誠を尽くすことを朱雀に誓う。婿様は世の中がどのように荒れても世間の荒波から巫女さまを庇い、場合によっては自ら剣を取って巫女さまのために戦う義務が生じる。
その代償として、北条家を朱雀に守護してもらうこと、そして婿様の個人的な願いをかなえてもらうことが出来る。婿様は妻問いの儀で一つだけ、自分の望みを紙に書いて供物の目録と共に朱雀に奉納するんだ」
「……」
では、景久さんは北条グループの会長としてその経営手腕を思う存分振るいたかった……わけではなく、朱雀が願いを一つだけかなえてくれることそのものが彼の本当の目的だったということか。
「朱雀は神だけれど万能じゃない。すでに亡くなった人を生き返らせることは出来ないし、過去を変えることも出来ない。願うことができるのは今と未来の事のみ。これは北条家の男子ならばみんな小さいうちから親兄弟に言い聞かされて育っている。俺も親父から聞いた。
親父が婿様になったときに朱雀に願ったことは『一生ハゲませんように』だってさ。我が親ながら呆れるよ」
彰久は冗談めかしてそう言うと、すぐに口元を引き締めた。
「ここからは俺の推測だけれど、景久はたぶん、桜子さんの心臓のドナーが見つかるようにと願ったんじゃないかな。あいつはあの人のためならなんでもするヤツだから。
美穂は巫女さまの立場だから、奉納された景久の願いを見ることは可能だろう。
……見たい?」
「……」
私は首を横に振った。もう十分だ。彰久の推測はおそらく正しい。
景久さんは桜子さんに新たな人生を与えるために、自分を犠牲にして……朱雀と巫女さまに捧げたのだ。
悲しいけれど美しい恋だ。
まるで中世の悲劇のような恋だ。
私がもし、この舞台を眺める観客ならば、きっと涙を流して桜子さんと景久さんの悲恋を嘆き悲しんだことだろう。
けれど、悲しいかな、私の立場は観客でもなければヒロインでもない。
私は、景久さんの妻。彼らの恋を引き裂く立場の巫女さまなのだ。
彰久は困ったように私の顔を見つめ、そして私の頬に手を当てた。
「やっぱり、美穂は……景久が好きなんだな。
だから言いたくなかったんだ。あんたが傷つくのが分かるから。
美穂が景久を嫌って退けるようになればいいと思いながら、さすがに桜子さんのことは言えなかった。
……ごめん。
俺だって景久のことを言えないくらい卑怯だ。美穂の味方は俺しかいないのに、俺にできるのは美穂の傷を広げることだけだ」
私は慌てて表情をつくろった。
「何を言ってるのよ彰久。
そもそもお金ありきの契約結婚で、今のところ景久さんは契約を果たしているんだから私としては何も文句はないわよ。
あの時、私に結婚以外の選択肢はなかったわ。お金の問題を抜きにしても、景久さんは別の手を使って……そう、例えば私の家族を利用して私を追い込んだと思う。だから彰久が謝るようなことは無いも無いわ。
ただ、景久さんはそれでいいのかって気にはなるけど、そこは私が口を挟む問題じゃないものね。何も言うつもりはないわ」