【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
そうよ、契約結婚というものが普通の恋愛結婚よりもはるかにいびつで、倫理的な問題をはらんだものであることははじめから理解していたはず。
景久さんは嘘をついていたわけではない。ただ、夫のマナーとして私に好きな女性のいることを言わなかっただけ。
ずるいといえばずるい。けれど、彼の釣書で彼のキャリアを知ったときに私が覚えた違和感。
世界的名門大学を卒業し、そのまま海外で働く彼が、日本の片田舎で北条グループの経営者におさまる。普通に考えてこれは彼の野心やキャリアを一時中断させるものだ。
なぜ彼がそうしようと思ったのか、そこに疑問を抱きながらもその疑問が一見自分の結婚とはかかわりのなさそうなことだったがゆえに、私はそれを追求せずにそのままにしてしまった。
私の不注意と景久さんの巧妙さが見事にこの問題を私の目から隠してしまったという感じだな……。
私は小さくため息をついた。
昨夜、私が逃げたのではないかと血相を変えて私を脅し、そして私が逃げていないしその意思もないと知ったあとの景久さんの態度の変化。
彼は私の額にキスをして、そしてなぜか私のベッドで眠っていた。
今から思えば、彼はこっそりと監視していることが私にばれたから、今度は開き直って堂々と私を監視することに方針転換したのだろうと察することが出来るが、桜子さんのことを知らなかった私は景久さんが私を好きになってしまったのではないかと誤解してしまった。
まったく……。紛らわしいことをしてくれるじゃないの。
いや、まぎらわしいんじゃない。
自分に好意を持っている人物を嫌う人は少ない。まして景久さんのような美貌の男性がそういう態度を取ったら、行為を返すかどうかは人それぞれだけれど、少なくとも女なら誰しも悪い気はしない。そうやって彼の感情について私がミスリーディングするようにあえて振舞い、私が北条家から逃げたくなくなるような状況をあえて彼が生み出そうとしているとしたら……?
いやいや。まさか。景久さんみたいなお坊ちゃんがそんなホストまがいの色仕掛けをするなんて下種の勘繰りもいいところよね。やだわ、私ったら。一つの嘘があったからといってその人のすべてが嘘だと思うのはいけないことだわ。もちろんやたらに信用するのは考え物だけれどね。
本人のいないところで証拠もないことをあれこれと疑ったってこっちが疲れるだけだ。もうこの件はしばらく考えるのはよそう。
私は気持ちを切り替えるために大きく深呼吸をした。
「彰久、彰久が婿様の秘密を話してくれてよかったわ。知らずに景久さんの妻をやっていたら、私は大きな勘違いをしたまま景久さんを困らせていただろうし、すべてを知っている彰久から見れば痛々しいだけの存在になっていたと思う。ありがとうね」
「美穂、無理しているんじゃないのか。景久のこと、好きだったんだろう?」
私は首をかしげた。
好きというほどのものではないけれど、何しろやることをやってしまった間柄なので、赤の他人というよりは濃い感情があるかもしれない。けれど、桜子さんのことを嘆き悲しむというほどの強い感情もない。
まだ高校生で、しかも華やかな美貌と親しみやすい性格でいかにも女子に好かれそうな恋愛強者の彰久には想像がつかないだろうが、私のようなルックスで、しかも独身時代の長かった私のような女にとっては失恋など日常茶飯事。失恋についての打たれ強さはまさに歴戦の武将クラスだ。仮に私が景久さんを好きだったとしてもそれほど心配するようなことはないのである。
「巧がいきなり家財道具を持ち逃げしたときのほうがショックだったわよ」