【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
久々に食べた実家の水炊きは北条家の食事に比べたら非常に素朴なものだったけれど、とても懐かしい味だった。
私は一杯になったおなかを撫で回しながら自室に帰る。車だったのでビールを飲めなかったのは残念だけど、今度景久さんか誰かに送ってもらって思い切り飲んでやろう。
そんなことを考えながら自室のドアを開けると、珍しく景久さんが夫婦のリビングでコーヒーを飲んでいた。
「お帰りなさい。遅かったですね」
相変わらず態度だけは紳士的な彼は、立ち上がって私を迎えた。
「あ、いちいち立たなくていいですよ。嫁だし」
そうはいったものの、もう何度も「いちいち立たなくていい」といっているのに彼はこれをやめない。
景久さんはそもそもこのレディファーストを私のためにやっているのではなく自分の人品の一部としてこの行為を続けているのだろう。
「コーヒーはいかがですか?」
すでに、有沢さんから私が今日病院に出かけたことは聞いているのだろう。春彦と巧がお世話になった病院は北条グループ系列の病院だ。巧の情報もおそらく景久さんの耳に入っている。
コーヒーをすすめてくるということは何か話があるんだろう。おそらく、巧と私のやり取りを聞きたいんだろう。
聞かれて嬉しい話ではないけれど、隠すのは誤解の元よね。それでなくとも景久さんは私が逃げるのではないかと疑っている。
実家で食事をして久しぶりにいい気分だったんだけどな。
私は小さくため息をついてソファに腰掛けた。
「コーヒーはいりませんけど、聞きたいことがあれば答えますよ」
「そうですか。
今日、有沢さんからあなたが病院に行ったと聞きました。
どこか体調が悪いのですか」
私は軽く彼をにらんだ。
よく言うよ。もうとっくに巧が入院している情報は耳に入っているくせに。
「いいえ、晴彦が私の元恋人と喧嘩になって、双方けがをしたからお見舞いと、それから医療費の援助です」
援助、のあたりで何か言われるかと思ったが、景久さんはそのことについては何も言わなかった。
「巧というのは鈴木巧、ですね。それで、怪我の具合は」
「春彦は小指の骨折です。でももう退院しているので心配は要りません。で、巧は殴られて目にあざが出来ただけですけど、殴られたときに転んで頭を打ったらしくて、一応経過観察で2、3日入院になりました」
「そうですか」
「いけませんでしたか」
「一言僕に伝えてくだされば弁護士に連絡して対応させたのですが。もし今後、金銭を求める連絡などがあった場合はあなた一人で対応しないでください」
景久さんは巧が今回のことで味をしめて、生活が行き詰るたびに私からお金を引き出そうとするのではないかということを危惧しているようだ。
「一応巧にはもう二度とこういうことはしないで欲しいと話はしましたし、本人も納得しているようでしたけど」
「そうですね、今のその気持ちがずっと続けばいいのですが」
「……」
巧はそんなヤツじゃない。そう言いたいところだけれど、あの人は困難に直面すると易(やす)きに流れるようなところがある。悪意を持って私を恐喝するようなことは絶対にないと言いきれるが、しかし彼にとっては働いてお金を得ることよりも私の同情を引いてお金を引き出すことのほうが簡単だ。
チンピラというのとはまた違うのだが、結果は同じよね。
景久さんは長い指で神経質に肘掛をトントンとたたいていて、そして、私の目を探るようにじっと見つめている。
穏やかで感情の波をあまり見せないこの人が苛立っている。