【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「怒っているんですか」
「怒るというほどではありませんが、不快ではあります。
僕はあなたを我が家にお迎えする際、僕があなたの剣となり盾となる、と誓ったはずですが、盾となるどころか、何も知ることなくすべて事が終わってからあなたの苦境を知ることになりました。
どうして頼っていただけなかったのかとは思います」
「……」
私が巧にお金を渡していた時間、この人は桜子さんと会っていた。
もしこの時、私が景久さんに助けを求めていたら、景久さんは私のところに駆けつけてくれたんだろうか。
そんなことがちらと頭をかすめ、私は慌ててその考えを振り払った。
私は景久さんに助けを求めなかった。相談するという選択肢さえ私の中にはなかった。結局はそういうことなのだ。桜子さんと張り合う云々の前に、何かが起こったときに、互いを頼るという信頼関係すらない。
「巧のことは私の問題ですから。自分でなんとかします」
ここで、私は彼に相談しなかったことを謝罪するべきだったのかもしれない。けれど、そう口にしていた。少しばかり開きかけていた彼への気持ちが、すっかり閉ざされてしまっているのが自分でもわかる。
「何とか?出来ていませんよね。あなたはいくつもの対処の中から一番の悪手をとってしまいました。あなたは今日彼に、あなたに甘えればなんとかなるということを学習させたのです。
彼は今後、金銭的に行き詰るたびにあなたの顔を思い浮かべるでしょう」
「巧のことに口を出さないでください。今日彼に渡したのは私のお金ですし、今後、もし巧に付きまとわれるようなことになっても、景久さんのお金にも北条家のお金にも手なんかつけません」
景久さんの美しい双眸にぱっと燃えるような怒りの感情が宿った。
「そういう話をしているのではありません。金であなたと彼の縁が切れるなら、いくら払っても惜しくはありません。
そういうことを言っているのではなくて、今日、あなたが彼に対して取った対処方法は最悪だったと言っているのです。あなたは彼を甘く見ています。僕に任せてくださればあなたを守ることが出来たのに」
「そうでしょうか?景久さんに巧の何が分かるんですか」
「確かに彼と直接話したことはありませんが、しかしこういう手合いが次にどんな行動に出るか想像することくらいはできます」
手合い。
確かに巧は立派な尊敬すべき人間ではないのかもしれない。でも私が彼の何に対してお金を渡したのか、彼がどんな思いで私のところに来たのか知りもしないくせに。
景久さんの言うことはきついけれど正しいということが頭ではわかっているのに、私はそれを素直に受け入れることが出来なかった。
巧はあなたの美しく清らかな恋人とは違う。私の辿ってきた恋は確かに塵芥にまみれたもので、景久さんと桜子さんの間にある美しい悲劇とは比べ物にならないほど醜い。
でも、私は巧が好きだったし、私の中の思い出は未だに楽しかった私の青春の一部であり、彼から学んだこと、彼と共に感じたすべてのことはきっと今も私の中で息づいている。
「巧は景久さんが言うような人じゃありません!」
叫んだ瞬間、私の右目からぽろっと涙がこぼれた。まさかこの場面で涙をこぼすなんて思っていなかったので、私自身が驚いてしまった。
私は慌てて涙を手の甲で拭った。