【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「美穂さん、」
景久さんも私が泣くとは思わなかったのだろう、困惑したように眉根を寄せた。
「すみません。泣くつもりなんてなかったのに」
「いえ、……大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫です。でも巧のこと、もう口を出さないでください。景久さんには迷惑をかけませんから」
「……迷惑だなどと言った覚えはないのですがね」
「そうですね。でも、このことは景久さんに相談したくないです。
あなたに任せたらきっとこの件は最短の時間と労力できっちりと片付くんでしょうけど、私、たぶんあなたのやり方でこの問題に向き合ったら……あとで必ず後悔すると思うんです。あなたと私じゃ巧に対する見方が違いすぎて、意見の一致を見ることはなさそうですから」
巧に対し、『骨の一本も折ってやればよかった』と言った彰久のほうがまだ私の気持ちを理解してくれているのではないだろうか。
「美穂さん……。あなたはまだ、彼に対して気持ちがあるのではないですか?」
景久さん。あなたは私の夫で、誰よりも私に近い人間であるはずなのにちっともわかってない。あまりに気持ちの溝が大きすぎて、この溝を埋めるのにどれほどの言葉を費やせばいいのか見当もつかない。途方にくれてしまう……。
「もう、寝ます」
結局、私は自分の気持ちを理解してもらうことを諦めてしまった。そんな私の態度に、景久さんはきっと納得がいかなかったことだろう。けれど、今日一日でいろんなことが起こり過ぎて、私はもう自分自身をコントロールするだけの余力はなかったし、景久さんに私の気持ちを理解してもらうべく言葉を尽くす気力もなかった。
ベッドの中に入って目を閉じると、今日見た美しい恋人同士の姿が脳裏に浮かんだ。振り払っても振り払っても、彼らは私を許してくれない。
気にするようなことじゃない。
何度も自分に言い聞かせているうちにだんだん眠くなってくる。
うとうとと眠りかけたとき、私の寝室のドアが静かな音を立てて開き、品のいい柔らかい香りが部屋の中に忍び込んできた。
この香り。景久さんの……。
目を閉じたまま、私は動かない。
景久さんは私とは反対側からベッドに入ってきた。一瞬私は女の本能から身を固くした。けれど、景久さんは特に私に触れることもない。
結婚して三ヶ月。景久さんは婚儀でやむをえなかった場合を除き、一度も私に行為を求めたことはない。
それはきっと、桜子さんの面影が彼の中にあるからだろう。そんな気持ちでセックスを求められても私だって困る。
だからそれはそれでいいんだけれど、……これってまさか一生続いたりとか、しないよね?
私達がこのまま夫婦でいることって、どう考えても間違っているんじゃないだろうか。
景久さんが桜子さんを愛していて、彼女に操立てして僧侶のような禁欲生活を送るのは彼の勝手だが、妻である私の、女としての人生まで彼の巻き添えで強制終了というのはちょっと私がかわいそう過ぎるだろ。今はまだ切羽詰っているというのではないけれど、いずれは不倫……?いやそれはそれで朱雀様が怖い。
巫女さまの離婚って、できるのかな……。