【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
誰にプロポーズをしているのだろう。
「美穂っ!」
翌朝、私は母に蹴り飛ばされて目を覚ました。
「……う……お母さん……なに……?」
目をこすって体を起こそうとすると、胸のあたりに酸っぱいものがこみ上げた。たまらず手近なゴミ箱にあがってきたものを吐き出した。
頭が割れるように痛い。ひどい二日酔いだ。そんなに呑んだつもりはなかったのに。
「この馬鹿娘!また祐輔ちゃんのところで呑んできたんだね!
お客様があるならちゃんと言っておきなさい!お茶菓子、かよちゃんに買いに行ってもらったから、あとでちゃんとお礼を言っておきなさいよ」
「お客……?」
来客の予定などない。
そう言おうとしたら、母にまたひっぱたかれた。
「とにかく、あんたその格好なんとかしなさい!スーツかワンピースを着なさい、いいねっ!」
「……」
私は何がなにやら分からないまま母の声を聞いてこめかみを押さえていた。
着替えろ、て言ったってなあ。
私は高校ジャージのまま一階まで下りていった。顔を洗わないことにはまともな格好にはなれない。そして我が家の洗面所は一階の居間と台所の間を通り抜けたその先にあるのだ。
ひやりとつめたい階段をはだしのまま下りていくと、すでに母は台所でお茶を淹れていた。
「あんた、まだそんな格好なの」
母はジャージのまま現れた私に目を吊り上げた。
「だって二階じゃ顔も洗えないじゃない。だから高校生のときに二階にも洗面所がいるって言ったのに、父さんと母さんが早く起きるようにすれば要らないって言い張って結局ナシになったんじゃん。
もう春彦にお嫁さんもくるんだし二階にトイレと洗面台付けたほうがいいよ。今は無理でもさー、近いうちに……」
私はブツブツと言いながら茶の間をちらりと見、その「来客」の姿に動きをとめた。
人間、想定外のことが起きると咄嗟に悲鳴も出ないものらしい。
茶の間で背筋を伸ばして座っているその人は我が家には似つかわしくないほど仕立てのいいスーツを着ていて、その美貌には穏やかな笑みを浮かべている。
彼の色素の薄い髪が朝の光を受けて彼の美貌に複雑な影を落としている。その様子はまるで映画のワンシーンのように美しい。
物がごちゃごちゃとあふれて生活感しかない我が家の茶の間が、彼一人の存在で不調和だらけのおかしな空間になってしまっている。いまだかつてこれほど我が家に似合わない来客があったであろうか。
「おはようございます」
私と目が会った彼は少し目を細めた。微笑んだのかもしれない。
「お、おか……お、おか……」
お母さん、そんな一言さえ言葉にならなかった。
「何ですこの子は挨拶もしないで!」
母はお盆で私のお尻を引っぱたいた。
「突然うかがってすみません。ゆっくりお支度をなさってください」
彼はゆったりとした優雅な声でそう言うと、あとは済ました顔で座っている。
私は何とか頭だけ下げるとそのまま洗面所に駆け込んだ。