【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「景久さん、あなたは桜子さんを生かす為に婿さまになったんですね」
「……はい。黙っていて申し訳ありませんでした。もしあなたが結婚前にこのことを知ったら、僕との結婚を拒否するかもしれないと思ったので、……言えませんでした」
「桜子さんはあなたの結婚を知っているんですか」
景久さんは首を横に振った。
「彼女は心筋症です。ストレスや疲労は避けなければなりません。
あなたには申し訳ありませんが、手術が終わって彼女が安定するまで、この結婚のことは彼女に悟られたくありません。だから、僕は彼女と恋人だったころと同じように……振舞っています」
景久さんは、私の婿さまになるために、随分と嘘をついたんだな……。
桜子さんの命を救うためとはいえ……やはり、私の自尊心は傷つく。桜子さんのためなら私がどれほど傷つこうがかまわない、彼が言ったりやったりしていることはつまりはそういうことだからだ。
「それって随分ひどいじゃないですか。桜子さんのためなら自分も含め、誰を犠牲にしてもかまわないって言っているように聞こえますよ」
「……そうですね。僕は随分と卑劣なことを続けてきました。が、……後悔はしていないのです。今、一年前に戻れるとしても、やはり僕は同じ選択をするでしょう」
「……」
言い訳すらしないんだ。
私にどう思われようと、それは事実だから言い訳をする必要はない。そういうことなのか。
私は勇気を出して、ずっと聞きたかったことを尋ねてみようと思った。
「もし……、もしですよ?
桜子さんの心臓がよくなったあと、私が離婚したいって言ったら、離婚してくれますか」
彼はそれを聞いて、少し驚いたように絶句したあと、やがてゆっくりと首を横に振った。
「僕の隠していたことを知った以上、あなたがそう思うのはごく自然な気持ちだと思います。
ですが、それはできません。
僕が朱雀に誓ったのは、巫女さまを生涯かけて守り、時には巫女さまのために婿としてすべての義務を果たすこと。
神との約束を違えることは出来ません。もし約束を違えることがあれば、桜子の命はおろか……僕たち二人とも命を失うことにもなりかねません。
今後、もし僕たち二人が夫婦でなくなる時がくるとすれば、それはあなたか僕が死んだ時です」
なにその縛り。きつすぎる。
「じゃ、じゃあ例えば……景久さんがどうしても桜子さんと結婚したくなったら……わ、私をここ殺すしか、」
景久さんは仕草で私の言葉を制した。
「物騒なことを言わないでください。
僕は桜子の命を救ってくれたあなたに感謝していると言ったでしょう。
僕は桜子の命と彼女との結婚を秤にかけて、彼女の命を選びました。その選択に後悔はありません。僕はもう、彼女が生きてさえいてくれるならそれ以上のことは何も望みません。
僕の個人的な願いにあなたの人生を巻き込んでしまったことは申し訳ないと思いますし、僕を結婚相手として選んでくれたあなたには心から感謝しています。ですから、僕はあなたを害しようなどと考えたことは一度もありません。
僕は……重要なことを黙ったまま、あなたを騙して陥れた卑劣な男です。ですが、この上罪のないあなたから命までをも奪おうなどと考えるほど汚い男ではないつもりです」
卑劣かどうかといえばこれ以上卑劣な人はいない。
どうやら、私は今まで出会った駄目男たちの中で、もっとも駄目な男を夫として引き当ててしまったみたいだ。
お金のために結婚したとはいえ、ここまであからさまに桜子さんのために利用されていると知ると、あらかじめ彰久に知らされていたとはいえ、やはりショックだった。
「わかり、ました……」
私はソファから立ち上がった。
「美穂さん、僕は、あなたなどどうなってもいいと思ってこんな事をしたわけではありません、僕は朱雀に誓ったとおり、生涯かけてあなたを」
守る?この平和な世の中で、私を守る?
私は長いため息をついた。
「やってしまったことはもうどうしようもありません。
景久さんにとって、無関係な私を巻き込んでもいいと思えるほどに桜子さんが大事で、しかも他に彼女を生かす選択肢はなかった、そういうことなんでしょう」