【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】

「初めて聞きましたね。僕の通っていた小学校の校区とあなたのご実家近くの小学校校区は離れていますから、そのせいでしょうか」

「よく考えたら変な歌詞ですよね、ひとつにけんけん、っていう部分は片足で跳ぶんです。
 ごりょうさんってなんだろう」

 この歌を歌って遊んでいたころは小学生だったので改めて考えたことはなかったけれど、言葉が古いせいだろうか、意味のわからない歌だ。

「ごりょうさん……。御領主様、ではないでしょうか。僕の祖母がそういう言葉を口にしていたような気もします。 うろ覚えですが。
 御領主様が妻問いをする、……どうやら北条家のことを歌ったもののようですね」


 景久さんはふふ、と声を漏らして笑った。自分の先祖がわらべ歌になっているとは知らなかったのだろう。


「次の『むすめはかくせよめかくせ』って要は女を隠せってことですよね。案外子供向けの歌詞じゃないですよね。どんな御領主様なんだか」

 よほど女好きの領主がいたらしい。
 私もつられてふふ、と笑ってからはっと口をつぐんだ。
 狸寺の住職さんが口にしていたことを思い出したのだ。


『どのみちミサキ村の出の者(もん)しかあの北条の嫁さはつとまらんけ、少々えらい(大変な)ことがあってもあの家を捨てちゃいけんよォ』

『あの家は巫女さまがおらんでは立ち行かん家じゃ』



 違う。女好きの領主なんかじゃない。
 たぶん、これは領主である北条家に娘を嫁にやるなっていう意味だ。


 なぜ……?
 しかしこのわらべ歌の歌詞だけでは詳しいことまではわからない。

 では、続く歌詞の「みさきのむすめ」は「ミサキ村の娘」って意味だよね。


 また、ミサキ村だ……。

 もはやテレビ番組の内容は頭に入ってこなかった。
 どうしてそんなに北条家とミサキ村は関わりが深いのだろう。

「景久さん、北条家の人がミサキ村について話しているのを聞いたことはありませんか?どんな些細なことでもいいんですけど、知りませんか」

「残念ですが、僕はミサキ村については何も知りません。もともと僕は北条家を継ぐ意思はありませんでしたし15歳の年にロンドンに留学しましたから」

「そうか……そうですよね。あ、じゃあ彰久なら何か聞いているかもしれませんね。もともと当主を継ぐのは彰久の予定だったんですから、一子相伝のお世継ぎ教育とかを受けているかも」


 景久さんはそれを聞いてかすかに笑った。


「美穂さん、戦国時代ならいざ知らず、今はもう21世紀ですよ。我が家にお世継ぎ教育というほどのものはありませんよ。この家は巫女さまを妻とした男子が家を継ぐ決まりになっていますから必ずしも長男があとをとるとは決まっていません。だから僕と兄の孝昌も同じ教育を受けましたし、おそらく彰久も同じでしょう」

「聞いてみなくちゃ分からないじゃないですか!たまたま景久さんの記憶から細かいことがぬけているってことも考えられるわ。
 ちょっと今から行ってきます」

「美穂さん、もう十時をすぎていますよ」

「ヘーキヘーキ。十時に寝る高校生なんてほとんどいませんって」


 そう言って立ち上がろうとする私の手を、景久さんがつかんで引きとめた。勢いよく立ち上がろうとしていた私はバランスを崩してソファに尻もちをついた。

「ちょっと、」

 抗議しようと不満の声を上げるが、私はその続きを口に出来なかった。
 景久さんの顔に明らかに不快の表情が浮かんでいる。


「そうではなく、女性がこんな夜中に男の部屋に行くものではないと言っているんです」

「な……!そんないやらしい目的で行くんじゃありませんよ!!彰久は甥ですよ?」

「今はそうですが、もし僕という存在がなければあなたは彼と結婚していたかもしれないんですよ」

「……」

「あなたは彰久と少し距離が近すぎます」


 景久さんは低くそう囁いて、息も触れそうなほど私に顔を近づけた。

 繊細な感じのする大きな瞳にまっすぐ見つめられ、私の心臓はついつい激しく鼓動する。


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