【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
珍しく巫女さまについていろいろと榊さんに教えてもらい、ついでに景久さんや彰久の小さいころの話なども聞いて洋館に戻ってくると、もう時刻は七時過ぎになってしまっていた。
疲れているのかとても体がだるい。
風邪でもひいたのかな。ここの所急に寒くなったからな……。
有沢さんの給仕で彰久と一緒に食事を取ってそのまま夫婦の部屋に帰ったが、そこに景久さんの姿はない。
元々北条グループを兄から引き継いだばかりの彼は忙しい。最近早く帰ってきていたのはおそらく桜子さんの存在を知った私の様子を観察、あるいは監視するためだろう。
しかしそんな彼も毎日早くは帰れないものらしく、今日はまだ帰っていない。
もしかしたら……桜子さんのところだろうか。
ついそんな事を考えてしまう自分が嫌になる。
そうであろうとなかろうと、そんなことを考えて何の意味があるというのだろう。自分が不快な思いをするだけだ。
ええい、辛気臭い!こんな事を考えているから風邪なんかひくんだ。病は気から!ストレスはよくない!!
意味もなく起きているとつい余計なことを考えてしまうので、私は早々に寝てしまうことにした。
私は眠っている。
稀にあることだが、自分が眠っているというのを意識することがある。科学的にいうと、これは覚醒直前のいわゆる寝ぼけた状態のときに感じることらしい。
もう朝なのだろうか。
そう思いながらも、なかなかちゃんと目をさますことができず、私は夢の中をさまよっている。
「みのおどりじゃ、」
「みのおどりじゃ」
夢の中で子どもの声が聞こえた。
みのおどり……?
細身の女の人が一人、広場に引き出されている。彼女は上体を縄で縛られ、藁を体に巻かれている。
「おたすけください、まつさま、まつさま、どうか、お慈悲を」
女の人は必死になってそう繰り返すが、誰も彼女の縄をほどいてやろうとしない。
着物の裾を尻端折りにした男が火のついた松明(たいまつ)を女の人の体に巻いた藁に近づけた。
あぶない、そんなことをしたら……!
私は悲鳴を上げようとしたが、私の口はうめき声さえあげることはできなかった。
私の危惧したとおり、藁はあっという間に燃え上がり、耳を塞ぎたくなるような女の人の悲鳴が上がった。
体を燃やされる苦痛から逃れようと、彼女は唯一自由になる足でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
ひとつにけんけん、すーざくさまのおやしろに
ごりょうさんがつまどいてェ
むすめはかくせ、よめかくせ
みさきのむすめのみのおどり
ほうじょのわかさまふねにのり
ふだらくむけて こぎいだす
エーイサエーイサよいさのさ
どこからともなく、子どもの声で歌う手まり歌が聞こえてくる。
「お館様の邪魔が入ったが、あのように焼け爛れた顔ではいねはもう生家に戻るよりほかはあるまい」
「あとは、万寿丸さまでございますね」
意地の悪い女性の囁き声。
私は周囲を見回したが、声の主はどこにも姿が見えない。あとは耳を塞ぎたくなるような手まり歌が延々と繰り返される。
「捨て身行など、あのような幼い身でできるはずがないじゃろうが……」
「結局お館様は手かけ(めかけ)の生んだ万寿丸様が邪魔になったんじゃろ」
ヒソヒソと囁く声とともに、また私の視界が明るく開けた。
広い浜辺に、金や朱色できれいに外側を塗った船が見える。
船には入り口がない。いや、入り口は元々あったのだろうが、朱色に塗った戸板を打って入り口を塞いである。
なぜこんな事を……?これじゃ、船に乗れないしおりられない。
そう思って船を眺めていると、浜に集まった人々の間から、女の人が駆け出してきた。
「万寿……!万寿!!誰か、万寿を船から出して、あの子はまだ数えで五つ、補陀洛なんぞにいけるはずがねぇて……かえして、たすけて」
女の人の顔には痛々しい火傷のあとが残り、皮膚はひどく引き攣れていた。みすぼらしくくすんだ麻の着物一枚の姿で、いかにも寒々しい。
「はよう、渡海船をだせ」
「しかし……」
「お館様のご命令じゃ、」
船に取りすがって泣く女性を足で蹴倒し、男たちが船を押す。
じりじりと海に向かって押し出される小船の底が次第に波に洗われるようになり、やがて大きく揺れて波に乗った。
「万寿ッ、万寿……!」