【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「幼い身なれど、民のために身を投げ出すは我が家に生まれたもののつとめぞ」
すらりとした体躯の上品な若い男の人が小さな男の子に優しく語り掛けている。
その柔和な面差しや穏やかな声音はなんとなく景久さんに似ているようにも思われる。
男の子は幼児独特の無垢な顔をあげて、その言葉を一心に聞き入っている。
私は身動きも出来ず、ただただその光景を眺めていた。
夢の中の登場人物が、次第に景久さんそのものになり、見る人の心を溶かすような優しい笑顔になった。
景久さん。
夢にまで見るなんて、私はどれほど彼のことを気にしているのだろう。全く、嫌になる。
「……穂さん、美穂さんっ、」
「まん、じゅ……」
ぱっと目を開けると、景久さんが私のベッドに肩膝を乗せてこちらを覗き込んでいた。彼は仕事から帰ってきてすぐのこの部屋に入ってきたらしく、まだジャケットを脱いだだけでネクタイも締めたままだ。
私は胸を上下させて必死で呼吸した。ひどく心臓がどきどきしていて息苦しい。
「美穂さん、どうしました」
ややきつい口調でこちらを詰問する景久さんのただならぬ様子にかえって私のほうが驚かされた。
私の体は寝汗で全身がぐっしょりと濡れていて、異常なほどのだるさを感じる。顔も涙と鼻でぐしゃぐしゃだ。
夢……。
「うなされていましたよ。外のリビングまで声が聞こえていました」
私は手の甲でこめかみに流れる汗を拭った。
まだ夢の中に出てきた男の人と景久さんが重なって見える。寝ぼけているのだ。
「ごめんなさい。うるさかったですね」
「そうではなく、体調が悪いのでは?すごい汗です。熱があるのではないですか」
私の額に触れようとした彼の手を、私は無意識にかわした。
「すみません、ちょっと風邪気味だったからうなされてしまったみたいです」
「今から車を出しますから、病院に行きましょう」
「今からって……」
私は壁掛け時計を確認した。すでに日付が変わっている。
「北条病院なら救急患者も受け入れていますから、夜中でも診察してくれます」
私は首を振ってそれを断った。
「ありがとうございます。でもただの風邪だから大丈夫です。すみません。シャワーを浴びてきます」
ただの夢、と言いつつ、私は自分のこの夢を見せたのが誰なのか、もう確信を持っていた。
朱雀様の頬に残る痛々しい傷跡。
手まり歌に残るみのおどり、という言葉に隠された北条家の過去の振る舞い。
いねと北条雅久との間にできた子どもの名は、きっと、万寿に違いない。
朱雀。
朱雀様は私にこの過去の凄惨な出来事を見せた。ただ私が知りたがっていたから見せたというのではない気がする。
かつて、祭礼の場で景久さんと彰久が本気の打ち合いをやらかしたとき、朱雀様はいつになく残酷な表情を浮かべて、彼らの争いを見つめていた。
獰猛な欲望をむき出しにして彼らの争いを喜ぶ朱雀様の姿は到底神と呼べるようなものではなく、私は無意識に心中で朱雀様に問いかけた。
これが、北条家に繁栄をもたらす神の姿なのか?
人の争いを嗅ぎつけて喜ぶ。
ううん、嗅ぎつけたんじゃない。もしかしたら、わざと……。
あの時私はそう問いかけていたのだ。
『わざと』
そうだ。朱雀様は北条家を憎んでいる。
いや、朱雀様はもともとは普通の神様だったのだろう。
北条家を憎んでいるのは朱雀様そのものではなく、朱雀様の半身、つまり焼け爛れた皮膚を持つ女、いねだ。
いねがこの家に祟り、そして朱雀さまは家を守るためか、はたまたいねに哀れを感じたのか、彼女を取り込み祟り神となってしまったのではないだろうか。