【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
私の見た夢の中の出来事が本当ならば、いねが北条家を恨むのは当然のことだ。
下女の身で主に求められればそれを断ることはできなかっただろうし、子ができれば昔のこと、子が生まれてくることを誰にも止めることはできない。
それを後から入った正式な妻である松子が彼女を責め、あんなむごい目にあわせた。
はるか遠い昔におこった出来事だとは言え、かわいそうでならない。
朱雀様も、いねの苦しみを見て今の私と同じように感じたのではないだろうか。
本殿で見る彼の無垢な様子を見ていれば、彼が身を焼かれ、子を失ったいねをほうっておけなかったのがわかる。ずっとずっと、気の遠くなるような長い時間を彼女と共にいるうちに、朱雀はきっと彼女と同化してしまったのだ。
いねをどうしてあげたらいいのだろう。
北条を追われた後、彼女がどうなったのかはわからないが、もう三十九代前の当主の時代だとするならば、あれは江戸時代以前の出来事だっただろう。
その間、彼女は相続のたびに相争う北条の男たちを眺め、彼らを縛り、彼らがもしミサキ村以外の出身の娘を嫁に迎えれば、直ちに祟り殺した。
それほど彼女の恨みは深いのだ。
けれどそんなことをしたって実際に争っている人々はもはや彼女とは直接関係のない景久さんや彰久だ。いねもそれが分かっているからいつまでたっても彼女の恨みは晴れず、ただただ恨み続けるだけの祟り神としてこの世にとどまり続けているのじゃないだろうか。
北条家に関わるすべての人がただただ彼女の永遠に晴れない恨みに縛られて生きている。
こんな事を続けたって何も生まないのは彼女にだってわかるだろうに。
「……いねさん……か」
すでにこの世にない人を慰めるには供養しかないわけだけれど……、さて、神を供養するなんてこと、できるのだろうか。
竹箒で門前を掃いていた住職は私の車を見て顔を上げた。
「おお、美穂さ。急に呼びたててすまね(悪かった)なー」
「いいえー、ミサキ村のこと、思い出してくださったんですね、ありがとうございます」
彼はうんうんと頷いた。
彼は前回私と話したあと、ずっとミサキ村のことを気にかけてくれていたらしく、少しずつあの村のことを思い出してくれたらしかった。
母を通じてその旨を連絡してくれたので、いつでもいいから狸寺に寄ってくれという住職の言葉に甘えてすぐに飛んできたのだ。
「なんだぁ、美穂さ、風邪かぃ?」
住職は念のためにマスクをしている私の顔を見上げて皺だらけの顔をくしゃくしゃにした。……笑ったのだろうか、それとも眉をしかめたのだろうか。
「ええ、すみません。たいしたことないんですけど、早くお話が聞きたくて」
「生姜湯があったがねぇ、ふうむ」
生姜湯よりも早くミサキ村の話が聞きたいと気が急(せ)くが、まさかそんなことを口にするわけにはいかないので、私はお構いなく、と言いつつ招かれるまま本堂の中に入った。
私の向かいに座った住職はしばらく何も言わずに私の顔を見つめてからポツリと呟いた。
「……なんじゃったかね」
えええええ。忘れたのおおおお!?
と、言いたいところだが、何しろ住職は御年90以上のご老人。時々記憶がとぶのはしかたのないことだ。
「ミサキ村のものしか北条家の嫁になれないのはどうしてか、ってことです」
「ああ、ああ、ほうじゃった」
住職はうんうんと頷いて話し始めた。
「おなごにはむごい話じゃけんど、まあ知りたいちゅうもんをしりぞけることはでけんわなぁ」