【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「この野郎、まだ言うか!ちょっといい男だからって調子に乗るな!
うちは確かに年300万も稼げないくらいのちいさな漁師だけど、でも、それでも立派な漁師だ!お前みたいなスカした野郎に侮られるいわれは無いわよっ!
出て行け!
もうおなかに赤ちゃんがいるんだから、今さら人ン家の幸せを引っ掻き回しに来ないでちょうだい!」
「赤ちゃん、妊娠していらっしゃるのですか」
彼はさすがにこのことは知らなかったらしく、目を丸くした。そうよね、かよちゃんのおなかに赤ちゃんがいるとわかっていれば、普通は元恋人(?)の嫁ぎ先に突撃してくるような恥知らずな真似は出来ないだろう。
ふられる悲しさは私も今まで何度も味わってきた。だからかよちゃんと男の事情はよく知らないけれどさすがに男に同情心もわいてくる。私は厳しいお父さんのような態度を引っ込めて、今度は優しい声で諭した。
「わかったでしょ、あんたは遅すぎたのよ。
結婚まで考えた相手にこんな事情があったんじゃあんたもショックだろうけれど、男ならグッとこらえて好きな女の幸せのために身を引いてちょうだい。
さ、出て行ってちょうだい。かよちゃんはうちの嫁だから。あんたみたいなスカした野郎の嫁なんかにさせないから。
オラ、春彦、ボサっとしてないで塩もってこい。男らしくこの恋敵をつまみだしてやれ」
威勢よくそう言って立ち上がる私。春彦は私の剣幕に呆然としている。
「ちょっと美穂」
母が私の袖を引いた。
「何?金持ち相手だからって遠慮することないわよ、もうおなかに子どもがいるッてぇのに朝からいい迷惑だわ。かよちゃんは、」
私はそこではたと言葉に詰まった。
かよちゃんはなあ、かよちゃんは……えっと……。
と、とにかく経緯はよく知らないけど、貧乏で父親もいないウチに同居してまで嫁に来てくれるって言ってんのよ。
世間を見回せば高校どころか大学出の男なんて珍しくもない。それなのに高校も途中でやめてしまったし、イケメンでもない、気の利いたこともいえない春彦を好きになってくれた。
どっからどうみてもいい男とはいえないこんな馬鹿な弟のところに嫁いでくれる、しかも同居してくれるなんて優しい子は昭和ならともかく平成のこの世の中田舎町でもめったにいない。
こんな優しい子を逃がしたら春彦は一生後悔する。
目の前のイケメンに恨みはないが、ここは春彦のために私が鬼になってやろうじゃないの。
「出て行って。あんたが金持ちでもいい男でも関係ない。うちの態度は変わらないわ。かよちゃんはよそのお嫁さんにはできない。あんたはよそを当たってちょうだい」
私はかっこよくそう啖呵を切ったつもりだった。脳内では私カッコイイ!みたいな「私プロモーションムービー」が流れていた。
しかし次の瞬間、母が私の頭を思い切り殴った。
「この馬鹿娘が!あんたの縁談だよ、この馬鹿ッ酒が脳にまで回ったか!」
「いたた、……な、何言ってるの、昨夜はそんなに呑んでないですけど?3800円しか呑んでませんけど何か?
って、縁談?
………え?誰が誰に?」
私は頭をさすりながら母と目の前の男を見比べた。
すると、彼は少し困ったような笑みを浮かべている。お品のよろしい男はこういう場面に出くわしてもげらげらと声を立てて笑うことは無いらしい。
春彦は、いや、かよちゃんも含めてこちらの夫婦は軽蔑のまなざしで私を見ていた。
「え、何か……え、縁談?」
しんと茶の間が静まり返った。