【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
そんな歴史ある立派な家から我が家に結婚のオファーがあった。
地元出身の人間が聞いたら皆が皆目を剥くような話だ。
私の祖父母が生きていたら、そんな話があったと聞けばたぶん私に否やは言わせなかっただろう。
我が家は由緒正しい漁師の家系だ。漁師と領主、響きは似ているが身分は全然違う。世が世ならばこの両家では婚姻自体が身分違いで成り立たなかっただろう。
北条家と我が家の人間の結婚は、昔で言うならシンデレラのような身分違いの結婚であるのだから、例え嫁ではなく女中に、と望まれてもお断りするのは非礼にあたるし、あの世代にとっての北条家は戦後で雇用もなく貧しかったこの地域を守ったスーパー領主である。恩返しだからと嫁どころか妾にと言われたって祖父母は私を喜んで差し出すだろう。
「で、どうすんの」
春彦が釣書をちらりとのぞきこみながら重い口を開いた。
私は肩をすくめた。
「やー……どうすんのって言われても、そりゃ断るしかないでしょ。初対面だよ?
あんた、いきなり見ず知らずの人の嫁になれる?」
北条家は先ほど長々と書いたとおり古い家柄である。古文書の類に残っていることが本当ならば朝廷成立以前からこの地域を支配してきた家だ。そんな古い立派な家にこの私が嫁いで上手くやっていけるとは思えない。
それにこれは一番大事なことだけど、結婚を申し込んできたあのイケメンと私は昨日初めて出会ったのだ。いくら私が29で彼氏に捨てられ、結婚の予定もなく無職でしかも小太りの不美人とは言っても、そんな相手といきなり結婚なんて、さすがに無理。
私はなにかにつけ古い地元に反発し、地元を出て暮らしていたけど、夜のほうはいまだに古風な女なのだ。玉の輿だからっていきなり見ず知らずの男と寝ることなんてできない。
「断るんだ。ま……そう、だよな……」
春彦は奥歯に物の挟まったような言い方をする。
「ねーちゃんの好きにしろ。結婚だもんな、そりゃいきなりこんな話を持ってこられても困るよな」
「……」
母さんも気持ちは春彦と同じらしく、私たちのやり取りが聞こえているはずなのに、特に何もいわない。
「いきなり玉の輿に乗ったって、ねえちゃんじゃ何かしらしでかして一年ももたずに帰ってきそうだもんな」
「そうそう、アハハ。ってあんた私をどこまで馬鹿にする気。私は泣く子も黙るT高校総代だったのよ」
T高校というのは県立では一番偏差値の高い高校だ。そして私はそこを一番の成績で卒業した。
T高校といったって全国規模で見れば別に珍しくもなんともない高校だし、そこの一番といったって一番は毎年決まるわけだから私のこの誇りはあくまで過去のものだが、しかし何も無いよりはましよね。
「ハイハイ。無職の総代ね」
「……職安に行って来る……」
さすがに同じ家で生まれ育った弟はピンポイントで私の痛いところをついてくる。
これ以上痛い所をつかれては再起不能になりそうだったので私はさっさとカバンを持って立ち上がった。
「こんな夢みたいな話よりもちゃんと就職しなきゃね。
すごく可愛い子や美人ならともかく、私みたいな女が結婚に逃げたってバツがつくだけよ。
じゃーね、昼ごはんいらないから」
昼どころか朝ご飯も食べていないわけだが、とてもじゃないがこんな雰囲気の中で過ごす気になれない。私は逃げるように家を出た。
やっぱり実家に帰ってきたのは間違いだったわ。無職の高齢独身女がすることもなくぶらぶらしているからへんな男に目をつけられるのよ。
ここには私が求める仕事は無いだろうしおしゃれなカフェもない。
よし、母は気がかりだが、弟も結婚することだし、このまま実家に小姑がいたんじゃ嫁もやりづらいだろう。できればまた東京に出て働こう。
十年近く東京で会社員をやってきたんだもの、別に仕事ができないほうじゃないし、就職さえできれば私は何とかなるわよ。
もともと一人暮らしのほうが性に合ってるし、実家の事は気になるけれど、新しい家族を迎えてかよちゃんと夫婦の形を作っていこうとしている春彦の邪魔をしたくない。
とりあえず東京に出る資金を稼いでちゃんと就職活動をしよう。
私はその日のうちに短期バイトを決め、明日から東京に出るための資金稼ぎを始めることにした。
が、その直後、思わぬところから邪魔が入ることになる。