【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
退職金だけならまだいい。
彼は買ったばかりの私のテレビと、シャビーシックにはまっていたときにイギリスで購入した白いカップボードと私のワードローブ、それにコツコツと集めた私のバッグも持っていってしまった。
結局、二人の愛の巣に残っていたものは、なぜこんなものを買ったのかと自分でも首をかしげたくなるような未読の自己啓発本と、安物の普段着とわずかのダイレクトメールだけ。なにも携帯の充電器まで持っていかなくてもよさそうなものだが、なぜか彼はそれすらも残さなかった。
何がよくなかったのか、今でもわからない。
私と彼はラブラブだったし、会社を興すという計画は私よりもむしろ彼のほうが乗り気だった。
私は彼が今のままバンドマンを続けてくれてかまわないし、結婚してくれと迫った記憶もない……。
もちろん内心、私ももうすぐ30だし、結婚を意識しないではなかったのだけれど、こういうことは男のほうから言い出すものだと思っていたから自分からは決して結婚の話はしなかった。ごくたまーに結婚情報誌をリビングテーブルの上に『置き忘れた』りはしたけれど。決して30の誕生日が目前だから圧力をかけようとか、そういうつもりじゃなかったのよ。本当よ。
私はホームのベンチに座ってまたため息をついた。
私の乗ってきた電車が行ってしまって15分。
顔を見ずとも私を待ち構えている母の苛立ちがホームのこちら側まで伝わってくるようだ。携帯も先ほどから鳴りっぱなし。
顔を合わせれば母の説教が始まるのは分かりきっている。
今の私はそういう説教に耐えられる状態じゃないの、傷ついているの!でも親ってそういうのお構いナシに痛い所を突いてくるじゃない?それも容赦なく。
私だってもう30なんだから自分の悪いところくらい分かってる。
親の説教で男を見る目が養われるならいくらでも聞くけど、決してそうじゃないし、説教をしている母本人だって、母の夫である父さんを見ればあんまり男を見る目があるとはいえないのよね。あーヤダヤダ。
私は小さなスーツケースとボストンバッグを持ち直して仕方なく改札のほうに向かって歩き出した。