【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
脱出しますか? →Yes No
「お願いしまーす。お試しくださーい」
ビールの試飲販売は意外ときつかった。何しろ時期はもう11月。夏ならともかくこんな季節にミニスカートをはいて若い子に混じりつつビールを配り歩くのは見た目という意味でも冷えという意味でもツラい。
「寒くない?」
私は私と同じくスーパーの酒類コーナーでワインの試飲販売をしている女の子に震えながら話しかけた。
「え?……まあ、そりゃ寒いけど、時給はいいんだししょうがなくね?」
女の子は私ほど冷えで体にダメージを食らっている様子はなく、そっけなくそう答えた。こっちはもう足が冷えて冷えて下痢をしそうだというのに若い子の元気なことよ。
時給はいい、と彼女は言うけれど、この地域では比較的いいと言うだけで時給850円は……一度東京で会社員を経験した私にはさほど魅力的な時給でもない。この状況なので贅沢は言えないが、私は身をもって地方経済の厳しさを体験していた。
私は冷たくなった生足をすり合わせながら必死に笑顔を作ってビールを売った。
もちろん30女がミニスカートでビールを売ってもろくに売れるはずはなく、時折私の哀れな姿に同情したおばさんが立ち止まってくれるだけ。そしておばさんというのはビールについて非常に厳しい目をもっているのが常で、売れ行きはやはり芳しくない。
この試飲販売は売り上げが給料に上乗せされる契約なので、なんとか踏ん張って売り上げを上げたいところだが、とにかく苦しい。
「お願いしまーす、○○ビールでーす」
もうだめだ。明日からはミニスカートの下にレギンスをはいて販売してやる。どうせ私の生足に立ち止まる客なんかいやしないんだから別にかまわないわよね!
勝手にそう決めて声を張り上げたその時、私の前で足を止めた人がいた。
「ここにいらしたんですね」
顔を上げた瞬間、私は思わずうわぁ、と口に出してしまった。
私の前にいたのはグレイのツイードスーツに艶のある深い緑のネクタイを締めた品のいい男だった。初対面のとき同様、彼は繊細な印象の美貌に柔和な笑みを浮かべていて、見方によっては女性的な雰囲気さえ感じる。好みは分かれるだろうけれど、普通に町中を歩いているだけでちょっと振り返ってしまうような優雅な人である。
彼は私の姿、つまり白のミニスカートとビールメーカーのロゴ入りジャンパーを着た私を見て少し首をかしげた。
「寒くありませんか」
寒いにきまってるわよ!
馬鹿にされているのだろうか。私は軽く彼をにらんだ。この男が私の実家を急襲したあと、私は母にしこたま説教をされた。それもまだ17歳のかよちゃんの前でな。
「昨日はどうも」
私のふてくされた態度や声音から私の気持ちは十分に伝わったと思うのだが、彼は鈍いたちなのかにっこりと微笑んだ。
「こんにちは。お昼をご一緒しようとご自宅にうかがったのですが、お留守でしたので探していました」
「いや、……私、仕事中なんですよ」
「そのようですね。お疲れ様です」
彼は私があからさまに迷惑そうな顔をしても少しも怯まない。強い。
「お昼はまだでしょう。一緒に行きましょうか」
「いや、今仕事中だって言いましたよね。聞いてました?」
「もちろん聞いていましたよ。ですが失礼ながら美穂さん、足が紫色ですよ。どこかで暖めたほうがいいと思いますが」
「……」
私は自分の足を見下ろした。確かに、紫は少し言いすぎだろうが私の足は冷えで青白くなってしまっている。
「いや、でも私、このビールを売り切るまでは帰れないんです」
「マッチ売りの少女みたいですね」
彼はそう言ってふふ、とかすかな笑い声をもらすと、私の隣に立った。
「お手伝いします」
「は?え、でも」
彼はさっとジャケットを脱ぐと、袖をまくって私の手から小さなカップがたくさん載ったトレイを取った。
「Time is money.といいますからね、さっさと売ってしまいましょう」