【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
彼は己の薄汚い企みが私に見破られているとは気付いてもいない様子で、お品書きを広げている。
「何か苦手なものはありますか?なければ僕が適当に注文しますが」
私は身を固くしたまま答えた。
「帰っていいですか」
彼は少し神経質そうな眉をあげた。
「理由を聞いても?」
私は自分の体を彼の視線から庇うように大きなバッグで隠した。ビール会社指定のセクシータンクトップとミニスカートが私をこんな窮地に追い込むとは思わなかった。
私は彼をにらんだ。
「ここが料亭の離れで、あなたと私が、け、結婚適齢期で独身の男女だからです。
も、もし私に変なことをしたら、いくらあなたが北条家のお坊ちゃんでも、次に私たちが顔を合わせるのは法廷ということになりますよ」
彼はかすかにため息をついて、いつまでも立ったままでいる私を見上げた。
「僕は女性の尊厳を傷つけるような真似はしません」
「だったらなぜ『離れ』なんか予約してるんですか気持ち悪い。どうせこの襖の向こうには布団が一組だけ敷いてあって、枕が二つ並んでいるんでしょっ!
面識も無い女相手に結婚を申し込むような人、信用できません」
彼は冷たい笑みを浮かべた。
「ああ、それで警戒しているんですね」
彼はそう言うと立ち上がった。
そして彼の背中側の襖を開け放った。
「……あ、れ?」
その部屋には布団が一組だけ敷かれていて、枕が二つ並んでいる……ようなことはなく、今私たちがいる部屋とほぼ同じようなしつらえがしてあった。つまり大きな一枚板の座卓が一つと、高級そうな座椅子とふわっふわの座布団が四組。床の間にはうす緑色の壺が一つ。
「これでいいですか」
彼は小さくため息をつくと、席に戻って座った。
「今日ここにあなたをお招きしたのは、先週、突然あなたに結婚を申し込んだ非礼をお詫びするためと、そして、僕があなたに結婚を申し込んだ理由を今日説明させていただこうと思ってのことです。
この話には北条家のしきたりに関する話も含まれますので人に聞かれないようここを選んだのですが、かえってあなたをこわがらせてしまったようで、申し訳ありませんでした」
私は自分の頬が燃えるように赤くなるのを感じた。だって……ドラマじゃこういう料亭は大抵いやらしいことに使われるじゃないのっ、だから、だからっ……!誤解されるような場所を選んで私を連れ込んだ景久さんが悪いわよ、私は悪くないっ!わ、悪くない、んだけどぉ……。
「……なんか、疑ってすみませんでした……」
「いえ、こちらこそ、誤解を招くような振る舞いをして申し訳ありませんでした。
僕は今回の求婚の理由を説明さえできればそれでよいので、立ったままで話を聞いてくださってもかまいませんが、その場所にいると給仕の方の邪魔になります」
彼がそう言うと同時に、失礼します、と声が聞こえ、襖があいた。
大きな盆に料理を載せた女将がいきなり私のお尻と対面する格好になって気まずい空気になった。
「……お客様?」
「……」
私は変な愛想笑いを浮かべてようやく彼の向かいに席に座った。